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乳がんの検査結果を聞く日。
診察室に入った私へ、医師が最初にかけた言葉は、病名ではありませんでした。
「今日は、ご家族の方はご一緒ですか?」
その一言を聞いた瞬間、頭の中がすっと冷えていきました。
ああ、良い結果ではないんだ。
まだ何も告げられていないのに、私の中に残っていた小さな希望は、その時すでに崩れ始めていました。
これは、乳がんと告げられた日、胸を失うかもしれない現実と、大切な人の言葉に揺れた日の記録です。
🌙 結果を待った3週間。知りたいのに、知るのが怖かった
右乳房の吸引式乳房組織生検と、脇のリンパ節のコア針生検を受けてから、約3週間。
初診の日から数えると、1ヶ月と3週間が過ぎていました。
ずっと結果が怖かった。それでも、早くはっきりさせたい気持ちもありました。
支度をしている時も、病院へ向かう道も、受付を済ませてから名前を呼ばれるまでの時間も、すべてがいつもより長く感じられました。
スマートフォンを見ても、文字が頭に入ってこない。周りの人の話し声も、どこか遠くに聞こえる。
何かしていないと不安なのに、何をしても気は紛れませんでした。
「どうか、何かの間違いであってほしい」
そんな祈りを、心の中で何度も繰り返していました。
🕊️「ご家族はご一緒ですか?」その一言ですべてを悟った
診察室のドアを開けた瞬間の空気を、私は今でも覚えています。
ほんの少しの沈黙。いつもより重たく感じた、診察室の空気。
席に着いた私へ、医師はこう尋ねました。
「今日は、ご家族の方はご一緒ですか?」
前回の検査では、家族の同伴について何も言われていませんでした。
だからこそ、その問いかけだけで十分すぎるほど伝わってしまったのです。
ああ、もうダメなんだ。これは、良い結果ではない。
そう思った瞬間、頭の中から音が消え、体だけが診察室の椅子に座っているような感覚になりました。
💧「乳がんでした」短い言葉が、私の日常を変えた
そして、医師の口から告げられました。
「乳がんでした」
たったそれだけの短い言葉が、胸の奥へ重く落ちてきました。
泣くことも、取り乱すこともできませんでした。頭の中が真っ白になるというより、むしろ妙に静かでした。
ただ、自分の人生が今、確実に変わった。そのことだけが分かりました。
「病気かもしれない」という疑いと、「乳がんでした」と確定することの間には、想像していた以上に大きな隔たりがありました。
昨日までと同じ景色の中にいるのに、私はもう、昨日までと同じ自分ではないように感じました。
🌿「かなりの初期段階です」それでも安心できなかった
医師は続けて、検査結果を説明してくれました。
- かなりの初期段階で見つかったこと
- 現時点では、抗がん剤治療を避けられる可能性が高いこと
きっとそれは、良い要素として伝えてくれたのだと思います。
でも、その時の私には「早く見つかってよかった」と思える余裕がありませんでした。
早期であっても、乳がんであることに変わりはない。これから手術があり、治療が始まり、今までの暮らしが変わるかもしれない。
安心できる材料を聞いているはずなのに、心は「乳がんでした」という言葉の前で立ち止まったままでした。
🤍「全摘になります」命と同じように、心も大切だった
その日の説明の中で、もうひとつ大きな衝撃がありました。
病変が広範囲に及んでいるため、手術は乳房全摘になるということでした。
乳がんであること。手術が必要であること。そして、胸を失うかもしれないこと。
現実がひとつずつ重なるたびに、女性としての自分まで揺らいでいきました。
命に関わることの前では、胸を失うつらさなど贅沢な悩みに見えるかもしれません。
けれど、胸は私にとって、ただの体の一部ではありませんでした。自分らしさや女性としての感覚、自信、恋人との関係。たくさんのものが重なっていました。
命が助かることと、心がすぐに現実へ追いつくことは、別でした。
治療のために必要な選択だと頭では分かっていても、気持ちまで同じ速さで受け入れることはできませんでした。
🌸「次回はご家族も同伴で」申し訳なさまで抱えていた
告知のあと、話はMRIとCT検査へ進みました。
検査結果の説明日を決める時、医師から「次回は必ずご家族も同伴してください」と言われました。
家族もみんな仕事をしています。私のために予定を変え、休みを取ってもらうことが申し訳なくて、思わず聞いてしまいました。
「自分だけではダメですか?」
医師の答えは、はっきりしていました。
「いつでも日取りは合わせますから。家族同伴がルールです」
その言葉で、今の自分が置かれている状況の重さを、もう一度突きつけられたように感じました。
病気への恐怖だけでなく、家族に迷惑をかける申し訳なさまで抱え込んでいたのです。
🚗 病院の帰り道、最初に連絡したのは彼だった
病院を出たあと、私は何を考え、どう歩いていたのか、よく覚えていません。
足だけが前へ進み、心はまだ診察室に置き去りになっているようでした。
そんな中で最初に連絡したのは、15年以上お付き合いしている彼でした。
診断がつく前から、私はひとつだけ決めていたことがありました。
もし本当に乳がんだったら、彼とは別れよう。
長い付き合いだからこそ、これ以上迷惑をかけたくない。病気になった自分を、彼の人生に背負わせたくない。
そして何より、胸を失うかもしれない自分を、彼に受け入れてもらえる自信がありませんでした。
彼を信じていなかったのではありません。病気になったことで、自分自身を信じられなくなっていたのだと思います。
🕯️ 彼の言葉に、救われて、苦しくなった夜
電話で乳がんだったことを伝えた時、彼は私が思っていたのとはまったく違う言葉を返しました。
「それは、あなたが決めることではないよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が大きく揺れました。
ありがたかった。本当に、ありがたかったです。
病気になっても、状況が変わっても、彼は今までと変わらない関係を選ぼうとしてくれた。その優しさに、確かに救われました。
けれど同時に、その優しさがまっすぐであるほど、私は苦しくもなりました。
うれしいのに、つらい。救われたのに、涙が出る。
乳がんと告げられた日、私は病気だけでなく、人との関係や、女性としての自分、自分自身の価値まで、あらためて見つめることになったのだと思います。
🌷 告知を受けたばかりの方へ
告知を受けた直後、人はすぐに強くなんてなれません。
医師の説明が頭に入らなくても、自分を責めなくて大丈夫です。まずは病名と次回の予定だけを、紙やスマートフォンへ残しておきます。
怖い、悲しい、信じられない。どんな気持ちも自然な反応です。現実を受け止めるだけで精一杯の日があってもかまいません。
できれば信頼できる人にそばにいてもらってください。言葉にできない時は、病院の相談窓口やがん相談支援センターへ話しても大丈夫です。
告知後に何をすればよいか分からない方は、こちらの記事に最初の行動をまとめています。
▶︎ 乳がん告知後、最初にやること|頭が真っ白になった時の行動リスト
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🌸「乳がんでした」と告げられた日を振り返って
すべてを理解できなくても、自分を責めない
今すぐ前向きになろうとしない
不安や質問は、そのまま書き残していい
家族や相談先を頼ってもいい
医師の「ご家族はご一緒ですか?」という一言から始まった、あの日。
「乳がんでした」という告知と、「全摘になります」という説明は、それまでの当たり前の日常を、静かに、でも確実に変えました。
早期発見と言われても安心できなかったこと。胸を失うかもしれない自分に、自信をなくしたこと。家族へ負担をかけるのが怖かったこと。
そして、彼の「それは、あなたが決めることではないよ」という言葉に救われたこと。
あの日の私は、前を向くことなどできませんでした。
それでも、告知を聞き、その場に座り、次の検査の予定を決めて、病院を出ました。
今はまだ、前を向けなくてもいい。
現実を受け止めるだけで精一杯の日があってもいい。
今振り返ると、あの日を生き切ったこと自体が、私の最初の一歩だったのだと思います。
📖 次回の記事へ
告知のあとに待っていたのは、MRIとCTによる精密検査、そして乳房再建という新たな選択肢でした。
治療が始まる前なのに、もう決めなければならないことが多すぎる。次回は、確定診断後の検査と「全摘」の先にある再建術への葛藤を綴ります。
▶︎ 乳がん体験談【第8話】確定診断後の精密検査。そして「全摘」の先にある「再建術」への葛藤
※本記事は筆者個人の体験をもとに綴っています。症状、検査、診断、治療方針、感じ方には個人差があります。診断や治療については、必ず医療機関・主治医へご相談ください。
※掲載している商品は、当時の気持ちに寄り添う選択肢の一例です。特定の治療・効果・結果を保証するものではありません。

