超未熟児【第4話】麻酔なしの激痛検査。そして医師から告げられた「22週の壁」と重い宿命

人生の軌跡と体験談

ドクターヘリで搬送されている間、私はただ、自分自身の身に起きている非日常的な状況に追いつくのが精一杯でした。

横たわったまま見える限られた景色。「まるでドラマみたいだ」とどこか他人事のように感じる一方で、意識は途切れ途切れ。お腹の子の状況も分からぬまま、ただ助かってほしいと祈り続けていました。

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逃げ出したいほどの恐怖。「麻酔なし」で行われた羊水検査

大病院に到着し、意識がはっきりしたときには、すでに処置室に運ばれていました。お腹にかけられた、手術用の緑色の布。ものものしい雰囲気に、一瞬で恐怖がこみ上げます。

「これから羊水の検査をします。麻酔はできないから、頑張ってください」

医師の手に握られていたのは、見たこともないほど太い針でした。
モニターを見ながら、ゆっくりと針がお腹に刺さっていく感覚。それは「痛い」という言葉では到底足りないほどの衝撃でした。

激痛に意識が飛びそうになる中、お腹の子が動くと、その度に針が引き上げられ、やり直しになります。
逃げ出したくなるほどの苦痛と、嫌な油汗。今思い出してもゾクッとする、一生忘れることのできない壮絶な体験でした。

激痛のあとに残ったのは、これからの生活への漠然とした不安だけ。あのとき、私の心には「安心できる場所」がどこにもありませんでした。

入院中の不安な時間に、あったら少し救われるもの

あの頃の私は、とにかく心も身体も張りつめていて、少しでも「落ち着けるもの」があればよかったのに、と今でも思います。

ここでご紹介するのは、そんな時期の自分に「もし知っていたら、少し気持ちが救われたかもしれない」と感じるものたちです。

必要な方だけ、そっと参考にしてみてください。

妊婦パジャマ|入院中の小さなストレスを減らしてくれるもの

入院生活は、想像以上に心も身体も消耗します。

そんな中で、締めつけが少なくて肌あたりのやさしいパジャマがあるだけで、ほんの少し呼吸がしやすくなることがあります。

大きな不安がすぐに消えるわけではなくても、こういう小さな快適さに助けられる瞬間は、たしかにあります。

スキンケアセット|病室でも「自分をいたわる時間」を少しだけ

不安が続くと、自分のことはどんどん後回しになります。

でも、顔をやさしく整えるだけでも、「今日もちゃんと過ごしている」と思える瞬間がありました。

病室での乾燥や疲れが気になる時期だからこそ、刺激の少ないやさしいスキンケアは、気持ちまで少し整えてくれる気がします。

葉酸サプリ|「何かしてあげたい」という気持ちに寄り添ってくれるもの

何もできない時間が続くと、「せめて何かしてあげたい」と思うことがあります。

そんなとき、日々の栄養を少しでも整えようとすることは、自分の気持ちを支えることにもつながる気がしました。

もちろん、サプリは医師の指示や体調を最優先にしながらですが、「自分にできることをひとつ持てる」という意味でも、心の支えになることがあります。

ひとりで抱え込まないための相談先

妊娠中や出産前後は、身体のことだけでなく、お金のことやこれからの生活のことまで、一気に不安が押し寄せることがあります。

あの頃の私は、目の前のことだけで精一杯で、将来のことまで考える余裕なんてありませんでした。

でも今振り返ると、「相談できる場所」がひとつあるだけで、人は少しだけ救われるのかもしれないと思います。

すぐに何かを決めなくても大丈夫。
ただ、「ひとりじゃない」と感じられるだけで、張りつめた気持ちが少しゆるむこともあるからです。

ベビープラネット|不安な時期に、そっと相談できる場所

私は当時、このサービスのことを知りませんでした。

でも、もしあの暗い病室で、「お金のことやこれからのことを、ひとりで抱えなくていい」と教えてくれる存在がいたなら、もう少しだけ心を落ち着かせることができたかもしれないと思うのです。

※本記事は個人の体験談であり、特定の商品・サービスを強く推奨するものではありません。ご利用・ご判断はご自身の責任でお願いいたします。

「羊水の濁り」と、安堵の涙

放心状態で耐え抜いた検査の後、医師から「少し羊水が濁っているけれど、今すぐ危険な状態ではない」と告げられました。
「濁り」という言葉に不安は残りましたが、何より「生きている」という事実に、心の底から安堵しました。

目標は、ここでも「臨月まで安静に」。

けれど、その夜は一睡もできませんでした。
「本当は、あの子を温かくて心地よい場所で過ごさせてあげたかったのに、その場所を守ってあげられていない……」
そう思うと、申し訳なさで涙が止まりませんでした。

泣いてはお腹の子に良くないと分かっていても、心が安らぐことはありませんでした。

22週という「法律の壁」と、突きつけられた宿命

主治医からの話は、さらに厳しいものでした。

  • 命が助かっても、90%の確率で何らかの障害が残る可能性がある。
  • 脳の血管が非常に細く脆いため、出産の刺激で血管が破裂する危険がある。
  • 法律上、22週以降は「医療的に生存可能性がある」とみなされ、どんな状況であれ『産まなければならない』。

医師の言葉の一つひとつが、鉛のように重く心にのしかかります。
救いたい。でも、救った先に待っているかもしれない「困難」を、この小さな子に背負わせていいのだろうか。
母親としてのエゴではないだろうか……。答えのない問いが、頭の中をぐるぐると回り続けていました。

ただ、祈ることしかできない無力な夜

臨月まで、あの子をこのお腹に留めておきたい。
でも、絶対安静の私にできるのは、天井を見つめて祈ることだけでした。

もう少しで、25週。
「頑張れ、我が子。頑張れ、私の体……」
暗い病室で、お腹に手を当て、まだ見ぬ我が子の生命力を信じることしかできませんでした。

それは、母として、一人の人間として、初めて向き合う「命の重み」そのものでした。


この記事のまとめ

激痛の検査を乗り越え、突きつけられた過酷な未来予想図。
22週という「命の線引き」を超え、私たちは一つの運命を背負うことになりました。

次回の記事

次回は、いよいよ訪れる「緊急帝王切開」。そして、742gという小さすぎる命との対面についてお話しします。生きていてほしい、その願いが奇跡を呼ぶのか、それとも……。

▶︎ 超未熟児【第5話】25週の急変。絶体絶命の淵で重なり合った、命を繋ぐ「数々の奇跡」へ

※あくまで個人の体験であり、医療的なアドバイスではありません。診断や治療については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

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