大学病院という「最後の砦」に守られながら、絶対安静の日々を過ごしていました。
※本記事はプロモーションを含みます。
少し羊水が濁っていると言われた、決して万全とはいえないお腹の中。
それでも時折、ぽこぽことお腹を蹴ってくれる我が子の存在だけが、私にとっての希望でした。
「まだ大丈夫」「どうか、もう少しだけ」
そんな祈りのような気持ちで、一日一日をやっと繋いでいたあの頃。
窓の外の景色すら自由に見られない病室で、私の世界は驚くほど小さくなっていました。
ベッドの上、白い天井、点滴の音、看護師さんの足音。
毎日が同じように過ぎていく中で、気持ちまで止まってしまいそうになることもありました。
そんな時、ふと目に入る「色」や「季節感」が、どれほど心を救ってくれるのかを私は知りました。
白い天井だけの毎日に、少しだけ季節をくれたもの
入院生活は、思っていた以上に心が閉じていきます。
体を動かせない苦しさだけではなく、外の世界から切り離されたような孤独が、静かに積み重なっていくからです。
そんな時に感じたのは、ほんの少しでも「自分のためのやさしいもの」があるだけで、気持ちがふっと緩むということでした。
もし、今つらい時間の中にいる方がいたら、こういう小さな癒しも、ひとつの支えになるかもしれません。
Rino’s Choice|病室にもやさしく寄り添う、お花のある時間
私が「こういうものがあったら、きっと少し救われただろうな」と感じたのが、お花の定期便です。
HitoHanaは、自分の好きな色のお花を選んで届けてもらえるサービスで、初回には花瓶のプレゼントがつくこともあり、届いたその日からそのまま楽しめるのが魅力です。
病室や自宅療養中の空間は、どうしても無機質になりがちです。
そんな場所に少しだけ彩りがあるだけで、「今日も頑張ろう」と思える瞬間が生まれることがあります。
がんばるためというより、心が置いていかれないために。
そんなやさしい選択肢のひとつとして、そっと置いておきたいものです。
※本記事は個人の体験談です。サービスの利用については、ご自身の体調や状況に合わせてご検討ください。
けれど――。
「せめて、あともう少しお腹の中にいてほしい」
そう願っていた私の祈りは、思いがけない形で打ち砕かれることになります。
転院して、わずか3日目のことでした。
25週3日、突然の破水と陣痛
出血は、いったん落ち着いていました。
だからこそ、ほんの少しだけ「持ち直してくれるかもしれない」という希望を持っていたのだと思います。
でも、その希望はあまりにも突然、音を立てるように崩れていきました。
突然の破水。
その瞬間、空気が変わったのを今でも覚えています。
「あ、何かが起きた」
そう感じた次の瞬間には、もう追いかけるように陣痛が始まっていました。
最初はまだ耐えられるような痛みだったのに、それは少しずつ、でも確実に強くなっていきました。
そして私は、嫌でも悟ってしまったのです。
――もう、引き返せない。
この時、お腹の子はまだ25週3日。
「早すぎる」なんて言葉では到底足りないほど、小さくて未熟な命でした。
それでも現実は待ってくれません。
陣痛が進むにつれて、再び出血も始まりました。
何度も経験してきた、あの嫌な感覚。
視界が遠くなり、意識がふわっと離れていくような、あの恐ろしい感覚がまた私を包み込んでいきました。
「このまま、どうなってしまうんだろう」
自分の命のことも、お腹の子のことも、もう何ひとつ確かなものがないまま、状況だけが急激に進んでいきました。
逆子という現実。それでも繋がった、一つ目の奇跡
その時の私は、ただ早産というだけではありませんでした。
超低出生体重児で、しかも逆子。
それは出産の現場において、極めて厳しい条件だったそうです。
後から知ったことですが、この状況で安全に帝王切開を行える医師は、当時でも限られていたのだと聞きました。
つまり、ただ病院に運ばれたから助かる――という単純な話ではなかったのです。
でも、ここでひとつ目の奇跡が起きました。
その数少ない熟練の先生が、たまたまその時、大学病院の近くにいたのだそうです。
本当に、たまたま。
偶然というには、あまりにも出来すぎていて。
でも、命の瀬戸際では、そういう「たまたま」が人を救うことがあるのだと、私は後になって思いました。
もしその先生がいなかったら。
もし、そのタイミングが少しでもずれていたら。
そう考えるたびに、背筋が冷たくなります。
あの時の私たち親子は、本当にギリギリのところで繋ぎ止められていたのだと思います。
人生には、自分の力ではどうにもならない瞬間があります。
でもその一方で、自分では見えないところで、命を支える「巡り合わせ」が確かに存在しているのかもしれない。
そう感じずにはいられない出来事でした。
輸血ができない――絶望の中で起きた、二つ目の奇跡
けれど、状況はそれだけでは終わりませんでした。
さらに、もうひとつの大きな問題が見つかります。
妊娠をきっかけに、私の体には不規則抗体ができていたのです。
その言葉を当時の私は、きちんと理解していたわけではありません。
でも、先生たちの表情や空気から、それがただ事ではないことだけは伝わってきました。
簡単に言えば、通常の血液では輸血ができない状態でした。
そしてその時の私は、大量出血のリスクが極めて高い緊急帝王切開を控えていたのです。
それがどれほど危険なことなのか。
今振り返れば、言葉にするのも怖いくらいの状況でした。
「もし出血が止まらなかったら」
「もし血液が間に合わなかったら」
そんな“もし”が、ひとつひとつ命に直結する場面だったのだと思います。
でも、ここでもまた、信じられないようなことが起こりました。
私の抗体に対応できる特殊な血液が、確保できたのです。
それは当たり前のことではなく、本当に運が重ならなければ難しいことだったと後から聞きました。
あの時、血液が確保できていなかったら――。
きっと私は、今ここでこうしてこの話を書くこともできていなかったと思います。
母としての私も、ひとりの人間としての私も、あの時すべてが終わっていてもおかしくなかった。
そう思うと、命というものの脆さと、それでもなお繋がる強さの両方を感じます。
※「不規則抗体」についての詳しい話は、次回の記事であらためて綴ります。
手術台の上で見た、忘れられない光景
そして、いよいよ緊急手術へ。
もうそこから先は、感情を整理する余裕などありませんでした。
ただ流されるように、次々と状況が進んでいった感覚だけが残っています。
手術台の上で、うっすらと意識が戻った時。
私の目に飛び込んできたのは、今でも忘れられない光景でした。
「……えっ?」
思わず、心の中でそう声が出たのを覚えています。
目の前には、研修医と思われる方々がずらりと並んでいたのです。
さすが大学病院、と言えばそれまでなのかもしれません。
でも、当時の私にはその光景があまりにも衝撃的で、現実感がありませんでした。
自分が今どんな状態なのか。
どこまで見えているのか。
どこからどこまでが処置の一部なのか。
そんなことを考える余裕もないまま、ただ「すごい人数だ……」という感覚だけが、ぼんやりと残っていました。
恥ずかしいとか、怖いとか、そういう感情すらもう追いつかない。
それほどまでに、私も赤ちゃんも、ギリギリの状態だったのだと思います。
周囲の音はどこか遠くて、世界が少し水の中にあるような感じでした。
そして私は、その圧倒的な光景を最後に、麻酔に沈むように意識を手放していきました。
「どうか、助かって」
その時、最後に何を強く願っていたのか。
正確にはもう思い出せません。
でもきっと、母としての本能だけは最後まで消えていなかったのだと思います。
Rino’s Choice|あの頃の私に教えてあげたかった、妊娠・出産まわりの備え
妊娠や出産は、本当に何が起きるかわからないものです。
だからこそ、「備えていたつもり」でも、いざという時に足りないものが見えてくることがあります。
ここでは、あの頃の私に「こういうものがあるだけでも少し気持ちが違ったかもしれない」と感じるものを、やさしく置いておきます。
妊婦ボディケア|張りつめた心と体に、触れるやさしさを
妊娠中は、お腹が大きくなること以上に、肌や心の変化に戸惑うことも多かったです。
ボディケア用品は「美容」というより、自分の体をいたわるための時間として持っておくと、少し気持ちが落ち着くことがあります。
がんばるためではなく、「ちゃんと自分も大事にしていい」と思い出させてくれるような存在でした。
ベビーベッド|いつか一緒に眠る日を信じるために
妊娠中、赤ちゃん用品を見ることが、時に苦しく感じることもありました。
でも同時に、「この子の居場所を作ってあげたい」と思う気持ちも確かにありました。
ベビーベッドは、ただの家具ではなく、“待っているよ”という気持ちの形だったのかもしれません。
ベビー布団セット|小さな命を迎える準備として
小さな布団を見ると、それだけで胸がいっぱいになることがあります。
まだ会えていないのに、もう愛おしい。
そんな気持ちをそっと受け止めてくれるのが、こうした準備の時間でした。
必要なものをまとめて整えられるセットは、気持ちにも少し余白を作ってくれる気がします。
もしもの時に考えておきたい、家族を守るための備え
妊娠・出産を経験すると、「無事であること」は決して当たり前ではないと痛感します。
私はこの経験を通して、命だけでなく、残される家族のことまで考えるようになりました。
こういう話は、元気な時にはつい後回しにしがちです。
でも、本当に何かが起きてからでは、心も時間も余裕がなくなってしまいます。
家族のための保険を見直すという選択肢
保険は「不安を煽るもの」ではなく、もしもの時に家族を守るための現実的な備えだと思っています。
特に出産や入院を経験すると、「入っていてよかった」「もっと早く知っていれば」と感じることも少なくありません。
必要かどうかを急いで決める必要はありませんが、情報だけでも知っておくことは、未来の安心に繋がることがあります。
いくつもの奇跡に守られて、私は手術室へ向かった
今振り返っても、あの時の出来事はひとつひとつがあまりにも重く、そしてあまりにも紙一重でした。
医師との巡り合わせ。
輸血に必要な血液の確保。
あのタイミング、あの場所、あの判断。
どれかひとつでも欠けていたら、今の私たちはここにいなかったかもしれません。
そう思うと、「奇跡」という言葉は決して大げさではなく、本当に命の現場に存在するものなのだと感じます。
もちろん、現実はそんなにきれいな言葉だけでは片づけられません。
怖かったし、苦しかったし、何度も「もうダメかもしれない」と思いました。
それでも、あの時の私たち親子は、確かにいくつもの見えない糸に繋ぎ止められていたのだと思います。
人生には、自分ではどうにもできない瞬間があります。
でもその中でも、人の手や、偶然や、想像を超えた巡り合わせに救われることがある。
私はあの日、そのことを身をもって知りました。
もし今、先の見えない不安の中にいる方がいたら。
もし「もう無理かもしれない」と、静かに絶望している方がいたら。
どうか、ほんの少しだけでも信じていてほしいです。
命の現場には、理屈では説明できないような力が、たしかに働く瞬間があります。
そしてその瞬間に救われることが、本当にあるのだと思います。
この記事について
この記録は、私自身が実際に経験した出来事をもとに綴っている体験談です。
あの時の不安や恐怖、そして命の現場で感じたことを、できるだけそのままの温度で残しておきたいと思いながら書いています。
同じように妊娠中の不安や早産、NICU、出産時のトラブルなどに直面している方にとって、少しでも「ひとりじゃない」と感じられるものになれば嬉しいです。
次回記事へ
次回は、今回少し触れた「不規則抗体」について、もう少し詳しく綴ります。
通常の輸血ができないと言われた時、私たち親子はどれほど危険な状況にいたのか。
そして、その絶体絶命の危機をどう乗り越えたのか。
あの時の現実を、できるだけ丁寧に残しておきたいと思っています。
▶︎ 次回記事:
超未熟児【第6話】「不規則抗体」の壁。通常の輸血ができない絶体絶命の危機を救った奇跡
※本記事は、筆者自身の体験をもとに綴った個人の記録です。症状や経過、治療方針には個人差があります。医療的な判断や診断、治療については、必ず専門の医療機関へご相談ください。

