※本記事はプロモーションを含みます。
術後2ヶ月を迎えても、心から安心できる日はまだ来ていませんでした。
命に関わる大きな不安は少し落ち着いたはずなのに、今度は目の前に残された体の現実が、静かに心を締めつけます。
再建した胸の痛み、いびつに見える形、終わらない浸出液。「これでよかったのだろうか」と、自分に問いかけたくなる日もありました。
それでも、完全に希望を手放したわけではありません。悲しみの中で小さな光を探しながら過ごしていた頃の記録です。
再建した胸に感じた、消えない違和感
術後2ヶ月と1日。
再建した胸は、私の中ではもうかなり絶望的に感じられていました。
傷の下からは、今も浸出液のようなものが出ています。術後すぐと比べれば、腫れが引いたのか小さくなったのか、見た目は半分ほどになったように感じました。
でも、その分だけ現実がよく見えるようにもなりました。
左右差ははっきりしています。再建した右胸の脇側には脂肪が多く残っているように見え、横から見るといびつなふくらみがあります。触れると硬く、全体的に青っぽさも残り、ため息が出ました。
再建してよかったかと聞かれたら、この時点では、素直に「よかった」とは言えませんでした。
15時間にも及んだ大きな手術。術後の痛みも強く、2ヶ月経ってもまだ残っています。そこまでして選んだ再建なのに、思い描いていたものとは違う。その現実に、気持ちは静かに沈んでいきました。
希望を手放したくなる日もあった
どんな結果でも受け止めていこうとは思っています。でもこの頃の私は、再建に抱いていた希望を少しずつ手放し始めていました。
前向きな気持ちで手術を受けたい。
そんな思いで選んだ道だったはずなのに、今はそれをまっすぐ見つめることができませんでした。
ただ、ひとつ確かな救いがありました。それは、病理検査でステージ0と聞けたことです。
命が守られた。まずはそこに気持ちの終点を置いて、また新しく頑張っていこう。
そう自分に言い聞かせるように、何度も心の中で繰り返していました。
それにしても、私はいつまで大学病院へ通うのだろう。そんな先の見えない思いも、時々胸に広がっていました。
それでも決めた、新しい命を迎えること
来週には、ゴールデンの子犬が我が家にやってきます。
ブリーダーさんは遠方で、生まれてから何度も会いに行ける距離ではありませんでした。旅費も決して小さな額ではなく、今の状況で迎えることに迷いがなかったわけではありません。
それでも、私はこの子を迎える決断をしました。
そこには、亡くなった愛犬・梵天丸への強い思いがありました。
麻酔から覚めたあと、現実と夢のあわいのような不思議な感覚の中で、私は何度も梵天丸のことを思っていました。私にとって、あの感覚はただの夢とは少し違うものでした。
愛犬の異変に気づいてから通院していましたが、最終的な検査で分かったのは、進行の早いリンパ腫の末期。吐き気が出てから、わずか3ヶ月。あまりにも早すぎる別れでした。
4歳と3日という短い生涯。そして、その出来事は自分のがんとも重なりました。今でも思い出すと涙が出ます。
自分が生きる糧を、ちゃんと持とう。
そのひとつが、この子を迎えるという決断でした。
もしも郭清だったら、叶えにくかったと思う願い
もし腋窩リンパ節郭清になっていたら、今の私には、子犬を迎える決断がもっと難しかったかもしれない。私はそう感じていました。
幸い、私が受けたのはセンチネルリンパ節生検でした。もちろん、手術後の負担や回復は人によって違います。それでも私は、今のこの流れを、どこか敷かれたレールの上に乗せてもらったように感じていました。
つらいことばかりではなく、見えないところで守られていた部分も、きっとあったのだと思います。
彼との距離と、少しずつ戻ってくる時間
彼との関係は、まだ以前とまったく同じようには戻っていません。それでも少しずつ、一緒に過ごす時間は長くなってきました。
私に合わせてくれている気持ちが伝わるたび、ありがたいと思います。時々、数時間だけ一緒にご飯を食べる。そんな静かな時間が、以前よりずっと大切に感じられました。
そして明日は、術後初めて一日ドライブへ出かけてみる予定です。
体が少しずつ動けるようになる一方で、胸の状態は思うようにいかない。だからこそ、かえって沈む日も増えたような気がしていました。
外の景色を見て、風を感じて、少しだけでも「前の自分」に近づけたらいい。そんな思いで、その日を待っていました。
診察で聞いた現実と、わずかに残った希望
診察室に呼ばれ、細菌検査の結果を聞きました。先生からは、検査では異常がなく、今回の浸出液は感染によるものではないと説明されました。
原因として説明されたのは、壊死した脂肪でした。その言葉を聞いた瞬間、愕然とし、思わず「このままどうなってしまうんですか」と聞いてしまいました。
先生のお話では、私の場合、壊死した脂肪は自然に外へ出ていく経過を見るとのことでした。
思い切って選んだ再建手術。それなのに、待っていた現実はショックと絶望の大きいものでした。
でも、そこで先生がひとつ希望を残してくれました。
半年後、胸の状態を見ながら脂肪の調整ができる可能性がある。
今の胸は、見ているだけで悲しくなるほどいびつに感じます。それでも「このままでは終わらないかもしれない」と思えたことで、ほんの少し希望を持てました。
再建後の道のりは、まだ長そうです。ずっと気持ちを強く保ってきたつもりでしたが、この日は久しぶりに、この病気のことで涙が流れました。
ここに記した診察内容は、私自身の検査結果と説明をまとめたものです。浸出液や脂肪壊死への対応は、傷や再建部の状態によって異なります。同じ症状があっても自己判断せず、担当する形成外科・乳腺外科へご相談ください。
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絶望の中にも、わずかな光は残っていた
- 再建した胸の見た目と続く浸出液に、絶望的な気持ちになった
- それでも、命が守られたことを心の支えにした
- 新しい家族を迎える決断が、生きる糧になった
- 彼と過ごす時間が、少しずつ戻り始めた
- 半年後に調整できる可能性が、小さな希望として残った
この頃の私は、再建に大きな希望を持てなくなっていました。それでも、完全に真っ暗だったわけではありません。
ステージ0だったこと。新しい命を迎える準備があること。彼と過ごす時間が戻ってきたこと。そして、半年後に調整できるかもしれないという可能性。
人は、たったひとつでも光が残っていれば、また前を向こうとするのかもしれません。
まだ痛いし、まだ悲しい。それでも私は、ここからまた自分の人生を進んでいこうと思いました。
関連記事・次回の記事へ
再建後の傷跡や現実と向き合った前回の記事から読むと、この日の気持ちの変化がより自然につながります。
続く第28話では、浸出液の原因が脂肪壊死だと知った日の衝撃と、崩れそうな心の中で見つけた希望を綴っています。
※本記事は個人の体験をもとに綴っています。治療内容や回復の経過、感じ方には個人差があります。傷や再建部の赤み、熱感、痛み、腫れ、浸出液、発熱など気になる変化がある場合は、自己判断せず、手術を受けた医療機関へご相談ください。掲載している商品・サービスは一例であり、治療効果を示すものではありません。体調や生活環境に合わせ、無理のない範囲でご検討ください。




