乳がん体験談【第4話】検査結果の日。医師から告げられた「癌の可能性」と精密検査への不安

人生の軌跡と体験談

マンモグラフィと超音波検査を受けてから、2週間以上。

いよいよ結果を聞く日がやってきました。

※本記事はプロモーションを含みます。

この数週間、私は夜になるたびにスマホを手に取り、乳がん、しこり、乳頭分泌、精密検査――そんな言葉を何度も検索していました。

「これかもしれない」と思える情報を見つけても、次の瞬間にはまた別の不安が目に入ってくる。
安心したくて調べているはずなのに、気づけば余計に苦しくなってしまう。その繰り返しでした。

病院へ向かう足取りも、待合室で名前を呼ばれるまでの時間も、ずっと落ち着きませんでした。
自分でも分かるほど心臓がそわそわしていて、座っているだけなのに気持ちばかりが先に消耗していくようでした。

しかも皮肉なことに、その頃には乳頭からの分泌物も止まっていて、体調にも大きな異変は感じていませんでした。

だからこそ、心のどこかで少しだけ思っていたのです。
もしかしたら、何もなかったのかもしれない。
検査を受けるほどのことではなかったのかもしれない、と。

けれど、その日の診察室で私は、自分がまだ本当の不安の入口に立っていただけだったことを知ることになります。

結果を聞く日の待合室で、私はずっと祈っていた

診察に呼ばれるまでの時間は、驚くほど長く感じられました。

周りには同じように順番を待つ人がいて、病院の中はいつも通り静かに時間が流れているのに、私の中だけが落ち着かず、何度も何度も気持ちが揺れていました。

大丈夫かもしれない。
でも、もし違ったらどうしよう。
いや、きっと大丈夫。
でも、そんなに甘くないかもしれない。

希望と不安が、頭の中で何度も入れ替わっていきます。

検査結果を待つ時間というのは、何も起きていないようでいて、実はものすごく心をすり減らす時間なのだと、この時はじめて知りました。

医師の沈黙と、念入りな再検査

診察室に呼ばれると、まず確認のためにもう一度、超音波検査が行われました。

冷たいゼリーの感触。
静かな室内。
そして、医師の手が右の胸の上を何度も何度も往復していく感覚。

その動きが、いつもより長く感じました。

「何も見つかりませんように」
「もし何かあっても、薬で治るような軽いものですみますように」

そんなことを心の中で繰り返しながら、私はただ天井を見つめていました。

言葉にしてしまったら現実になってしまいそうで、口には出せませんでした。
けれど、祈るような気持ちでいたことだけは、今でもはっきり覚えています。

そして、検査が終わって診察室に移った時でした。

医師の表情を見た瞬間、説明を聞く前から分かってしまったのです。
あまり良い結果ではないのだろう、と。

言葉より先に、空気で伝わってくるものがありました。

「癌の可能性が否定できません」と告げられた瞬間

案の定、医師の口から出たのは、私の淡い期待を打ち砕く言葉でした。

「癌の可能性が否定できません。さらに詳しい検査が必要です」

その言葉を聞いた瞬間、頭の上に重たい石を置かれたような感覚になりました。

胸が苦しいのに、すぐには悲しいとも怖いとも言えない。
ただ、現実だけがずしんと落ちてきて、気持ちがついていきませんでした。

右の胸だけではなく、脇のリンパにも気になる部分があると言われた時には、もう何が何だか分からなくなっていました。

「癌の可能性」

その言葉は確かに耳に入ってきたはずなのに、どこか遠い場所で響いているようでもありました。
他人の話を聞いているような、不思議な感覚でした。

あれほど願っていた「薬で治る軽いものかもしれない」という希望は、一瞬で崩れてしまいました。

目の前が真っ白になるというのは、たぶんこういうことを言うのだと思います。

診察室を出たあとも、私はすぐに動くことができませんでした。
次に何をしたらいいのか。
誰に話せばいいのか。
今、私はどんな表情をしているのか。

そんなことさえ分からないまま、ただ気持ちだけが置き去りになっていました。

Rino’s Choice|気持ちがほどけない日に、そっと頼れるもの

大きな不安を抱えている時は、気丈にしているつもりでも、心のどこかがずっと緊張しています。

そんな時に必要なのは、無理に元気を出すことではなく、少しだけ自分を守ることなのかもしれません。

ここでは、検査結果を待つような落ち着かない日々の中でも、ほんの少し心と体を休ませる助けになりそうなものを、やさしく置いておきます。

ほっと一息つける、お菓子セット

不安が強い日は、きちんと食べることさえ面倒になってしまうことがあります。
そんな時、手軽につまめるやさしい甘さのものがあるだけで、少しだけ気持ちがゆるむこともあります。

何かを解決してくれるわけではなくても、「少し休んでいいよ」と言ってくれるような存在は、思っている以上に心を助けてくれるものです。

通院の日にも使いやすい、軽めのリュック

病院へ行く日は、書類やお薬手帳、飲み物など、思った以上に持ち物が増えます。
肩に負担がかかりにくく、両手が空くリュックは、通院が続く時ほど助かるアイテムでした。

少しでも身軽でいられることは、気持ちの余裕にもつながっていくように思います。

待ち時間の負担をやわらげる、やさしい帽子

検査や診察の行き帰り、強い日差しや人目が気になる日もあります。
やわらかな帽子がひとつあるだけで、少しだけ自分を守ってもらえるような安心感がありました。

小さなことですが、気持ちが不安定な時ほど、そういう“ささやかな守り”がありがたく感じられます。

不安を抱えたまま夜を越えるのが苦しかった

医師からの言葉を受け止めたあと、私の心には、ただ静かな絶望のようなものが広がっていました。

これからどうなるのだろう。
もし本当に癌だったら。
家族のことは。
仕事は。
これから先の暮らしは。

答えの出ないことばかりが次々に浮かんできて、考えないようにしようとしても無理でした。

不安というものは、昼間よりも夜の方がずっと大きく見えることがあります。

日中は何とかやり過ごせても、眠る前の静かな時間になると、気持ちを支えるものが急に少なくなってしまう。
そんな夜が、この頃の私はとてもつらかったです。

一人で抱え込まないという選択肢もある

あの時の私は、誰かにうまく弱音を吐くことができませんでした。

心配をかけたくない。
まだ確定じゃないのに話してしまうのも違う気がする。
そんな思いもあって、苦しさを自分の中に押し込めようとしていたのです。

けれど今振り返ると、不安が大きい時ほど、気持ちをそのまま受け止めてもらえる場所があってもよかったのかもしれないと思います。

気持ちを言葉にしたい夜に

[PR] 国内最大級のオンラインカウンセリングサービス【Kimochi】

検査結果や病気のことを前にすると、家族や身近な人には言えない気持ちが出てくることがあります。

「こんな弱音を吐いてはいけない気がする」
「まだ確定じゃないのに騒ぎたくない」
「でも、一人で抱えるのはしんどい」

そんな時、顔を出さずに、文字だけで今の気持ちを受け止めてもらえる場所があることは、ひとつの支えになるかもしれません。

Kimochiには、文字で気持ちを整理したい時に寄り添ってくれる専門家がいます。
何かをすぐ解決するためではなくても、「今のこの苦しさを一人で抱えなくていい」と思えるだけで、夜の長さは少し変わることがあります。

※本記事は個人の体験談であり、特定のサービスや治療を推奨するものではありません。診断や治療については、必ず医療機関をご受診ください。

理解が追いつかないまま書いた同意書

そこから先の記憶は、少し現実味がありません。

医師から検査内容の説明を受けて、私は大まかな流れを聞き、同意書にサインをしました。
けれど、その時の自分が本当にどこまで理解できていたのか、正直よく分かりません。

心はずっと、その場に追いつけないままでした。

提示された検査は、ふたつ。

  • 右乳房:吸引式乳房組織生検
  • 脇リンパ:コア針生検

文字だけを見ても、もうそれだけで気持ちが重く沈んでいきました。

やっと結果が聞ける。
そう思って長く待っていたのに、そこで終わるどころか、次に待っていたのは「さらに詳しく、さらに負担の大きそうな検査」でした。

安心できる出口にたどり着くどころか、もっと深いところへ進んでいくような感覚。
その現実が、とてもつらかったです。

家族にはまだ話せなかったこと、そして「太い針」への恐怖

次の検査は、1週間後。

家族には、まだ話しませんでした。
心配をかけたくなかったのもありますし、何より、自分自身がまだ現実をうまく飲み込めていなかったからです。

最終的な結果が出てから話そう。
そう心に決めたものの、その時間をひとりで抱えるのは、思っていた以上に苦しいものでした。

しかも次は、針生検。

医師の説明の中にあった「太い針」という言葉が、頭から離れませんでした。

私はもともと、病院での痛みや処置に強い方ではありません。
検査そのものへの不安に加えて、「どれほど痛いのだろう」「ちゃんと耐えられるだろうか」という恐怖まで重なり、気持ちはまた深い場所へ沈んでいきました。

避けては通れない現実。
また始まる、不安な日々。

私はこの時間を、どうやって過ごしたらいいのだろう。
そんなことばかりを考えていました。

あの日の私が立っていた場所

検査結果を聞きに行ったはずの日に、私が受け取ったのは「終わり」ではなく、「ここからさらに進む必要がある」という現実でした。

しかもそれは、ただの経過観察ではなく、「癌の可能性」という重たい言葉を伴ったものでした。

あの日の私は、強かったわけではありません。
ちゃんと冷静だったわけでもありません。

ただ、怖いと思いながらも、その場から逃げることができなかった。
それだけだったのだと思います。

けれど今振り返ると、その「逃げられなくても、次へ進むしかなかった時間」もまた、確かに自分の一部になっているのだと感じます。

まとめ

「癌の可能性が否定できません」――その一言は、私の中に静かに、けれど重く落ちてきました。

やっと結果が聞けると思っていた日に待っていたのは、安心ではなく、さらに深い精密検査への案内でした。

理解が追いつかないまま同意書にサインをし、家族にもまだ言えず、次の検査への恐怖だけが膨らんでいく。
あの日の私は、そんな心細さの中に立っていました。

それでも、向き合わなければ何も始まらない。
そう自分に言い聞かせながら、私は次の検査へ進むことになります。

次回記事へ

次回は、恐怖でいっぱいだった針生検について書こうと思います。

検査そのものの痛みや緊張だけではなく、結果を待つまでの時間にどんなことを感じていたのか。
「悪い方の確率」ばかりを引いてしまうように感じた、あの頃の心の揺れも含めて、できるだけ正直に残したいと思っています。

▶︎ 次回記事:乳がん体験談【第5話】なぜ「悪い方の確率」ばかり突破してしまうのか。検査の階段を登り続けた絶望感


※本記事は個人の体験に基づく記録です。医療的な判断や治療方針については、必ず専門の医療機関にご相談ください。症状や検査内容には個人差があります。

関連記事|私の人生の軌跡

乳がん体験談【第3話】乳腺外科で初検査|マンモグラフィの痛みと検査費用への不安

タイトルとURLをコピーしました