緊急帝王切開から2日目。
あの日の痛みは、今思い返しても、体の奥からじわじわと蘇ってくるような感覚があります。
お腹の傷の痛みだけではありませんでした。
それ以上に苦しかったのは、子宮がぎゅうっと強く縮むたびに押し寄せる、逃げ場のない激痛でした。
痛み止めを使っても、楽でいられるのはほんのわずかな時間だけ。
次の投薬までの数時間が、永遠のように長く感じられました。
それでもこの日、私の中でいちばん大きかったのは、
「痛い」よりも、「知りたいのに聞けない」という苦しさだったのかもしれません。
※本記事はプロモーションを含みます。
25週での帝王切開が残した、想像以上の痛み
今回の帝王切開は、妊娠25週というとても早い段階で行われました。
まだお腹は十分に大きくなりきっておらず、子宮も本来の出産時のようにしっかり伸びた状態ではありません。
そんな中での手術だったため、術後の体への負担はかなり大きかったのだと思います。
さらに、出血を抑えるために使われていた子宮収縮剤が、とにかく強烈でした。
子宮が戻ろうとするたびに、内側から雑巾を絞るような痛みが何度も押し寄せてくる。
それは「少し我慢すれば済む痛み」なんてものではなく、ただひたすら耐えるしかない、容赦のないものでした。
背中から持続的に鎮痛剤を入れる硬膜外麻酔も入っていましたが、正直、私には気休め程度にしか感じられませんでした。
横を向いても痛い。
仰向けでも痛い。
少し体を動かすだけで、お腹の奥が引き裂かれるように痛む。
「どうしたら少しでも楽になれるのか」がわからず、ただベッドの上で時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。
人はここまで無力になれるのかと、自分でも驚くほどでした。
本当に苦しかったのは、体よりも心だった
でも――
今振り返ると、あの日いちばん苦しかったのは、体の痛みだけではありませんでした。
それ以上に、心の中にずっと張りついて離れなかったのが、
「赤ちゃんはどうしているんだろう」
という不安でした。
生まれた直後のことは、正直ほとんど覚えていません。
緊急帝王切開。
早すぎる出産。
そして、取り上げられた我が子を、私はまだ一度もちゃんと見られていませんでした。
「無事なのか」
「今も生きているのか」
「どんな状態なのか」
聞きたいことは山ほどあるのに、口に出す勇気が出ない。
もし、聞いてしまって、受け止めきれない答えが返ってきたら――。
そう思うと、喉の奥がぎゅっと詰まって、言葉が出なくなってしまうのです。
看護師さんたちも忙しく動いていて、私の前では必要以上のことを口にしませんでした。
それがかえって、怖かった。
何も言われないことが、余計に不安を膨らませていく。
でも、自分から聞くのも怖い。
その間で、私はただ、黙って時間をやり過ごしていました。
午後になって、ようやく絞り出せたひと言
午前中は、結局何も聞けませんでした。
何度も「今聞こう」と思うのに、そのたびに胸がいっぱいになってしまって、涙が先に込み上げてくる。
あのときの私は、母親でありながら、
自分の子どものことを聞くことさえ怖がっていました。
それが情けなくて、悔しくて、でもどうしても心がついていかなかったのです。
そして午後。
病室の空気が少しだけ静かになった頃、私はようやく、意を決して口を開きました。
声は、自分でも驚くほど震えていました。
「赤ちゃん……大丈夫ですか……?」
たったそれだけの言葉を言うのに、どれだけ勇気が必要だったかわかりません。
それは、ずっと心の中で叫び続けていたのに、どうしても口にできなかったひと言でした。
聞きながら、私は泣いてしまわないように、必死で息を整えていました。
涙で視界がにじみそうになるのを、なんとかこらえながら。
「赤ちゃん、頑張ってますよ」その言葉に救われた日
看護師さんは、やさしく、でもはっきりと答えてくれました。
「赤ちゃん、頑張ってますよ。明日の午後、会いに行きますか?」
その瞬間、胸の奥で何かが一気にほどけた気がしました。
私は言葉にならず、ただ何度も深く頷くことしかできませんでした。
――生きてる。
あの子は今も、生きてくれている。
その事実だけで、世界の見え方が変わるほどでした。
あのとき私は、声を上げて泣きたいくらいでした。
でも病室のベッドの上で、ただ静かに涙を流すことしかできませんでした。
それでも十分でした。
だって、その涙は、絶望ではなく、
「まだ会える」
という希望の涙だったからです。
当たり前ではなかった、これまでの出産
私はそれまでに二度、出産を経験していました。
赤ちゃんが生まれて、泣き声を聞いて、抱っこして、ぬくもりを感じる――。
それを、どこかで「当たり前の流れ」だと思っていた自分がいたのだと思います。
でも、本当は何ひとつ当たり前なんかじゃなかった。
母子ともに無事でいられること。
出産を終えて赤ちゃんを抱けること。
そのすべてが、奇跡の積み重ねだったのだと、私はこの3度目の出産で初めて思い知らされました。
失って初めて気づく、では遅い。
でも、人は本当に大切なことほど、失いそうになって初めて、その重さを知るのかもしれません。
嬉しいだけじゃない、心の奥に残った感情
「赤ちゃん、頑張ってますよ」
その言葉は、私を救ってくれました。
でも同時に、心の奥に沈んでいたいろいろな感情も、静かに浮かび上がらせました。
無事に産んであげられなかったこと。
もっとお腹の中で育ててあげたかったこと。
母親として守ってあげたかったのに、それが叶わなかったこと。
そして、あのとき医師から伝えられた、
「障害が残る可能性が高い」
という重い言葉。
あまりにも現実的で、あまりにも残酷で、でも目をそらせない言葉でした。
代わってあげられるものなら代わってあげたい。
痛みも、苦しさも、全部私が引き受けられるならそうしたい。
でも、母親であっても、子どもの代わりにはなれない。
それがどうしようもなく悔しくて、無力で、世の中の理不尽さを何度も感じました。
それでも――
どんな状態でも、どんなに小さくても、
「生きていてくれた」
その事実は、何にも代えられないものでした。
私はその日、はじめて少しだけ前を向けた気がします。
明日、ようやく会える。
それだけを心の支えにして、私はまた長い夜を越えようとしていました。
Rino’s Choice|入院中や産後に「少し救われた」やさしいものたち
こういう極限の時間の中では、何かひとつですべてが楽になるわけではありません。
でも、ほんの少しでも体や心をゆるめてくれるものがあるだけで、救われる瞬間があります。
ここでは、産後や入院中にもやさしく寄り添ってくれるアイテムを、自然な形で残しておきます。
やわらかなベビー服
小さく生まれた赤ちゃんには、すぐに着られないこともあります。
それでも、「いつか着せたい」と思える小さな服を見るだけで、未来を信じる気持ちをつないでくれることがありました。
退院後を想像できるものは、想像以上に心の支えになります。
何枚あっても助かるガーゼ・タオル
赤ちゃんとの暮らしは、想像以上に「拭く」「包む」「支える」の連続です。
ガーゼややわらかなタオルは、実用的なのはもちろん、肌に触れるたびにほっとできるやさしさがあります。
産後のママ自身にも使いやすく、持っていて無駄になりにくい定番のひとつです。
そっと寄り添う、やさしいおもちゃ
すぐに遊べる時期ではなくても、赤ちゃんのそばに小さなおもちゃがあるだけで、どこか「赤ちゃんらしい世界」がそこに生まれます。
張りつめた気持ちの中で、そんな小さな存在に救われることもありました。
無理に揃えなくてもいいけれど、やさしい色味や素材のものは、見ているだけでも心が少しやわらぎます。
これからの毎日を守るために考えたこと
出産や入院を経験すると、これまで当たり前だと思っていた日常が、どれほどかけがえのないものだったのかを思い知らされます。
そして同時に、
「これから先の暮らしを、どう守っていくか」
を考えるきっかけにもなりました。
頑張るママへ|ベビープラネットの無料相談サービス
妊娠・出産・子育ての中では、気持ちの面だけでなく、現実的な備えについて考えなければいけない場面も増えていきます。
でも、体も心もいっぱいいっぱいの中で、自分ひとり
で整理して考えるのは、本当に大変なことだと思います。
ベビープラネットの無料相談サービスは、妊娠中から子育て期まで、それぞれの家庭に合った備え方を、専門の方と一緒にゆっくり考えられるサービスです。
「今すぐ何かを決めるため」ではなく、
“知っておくだけでも少し安心できる”
そんな選択肢があることを知っておくのも、ひとつのやさしい備えだと感じています。
忙しい毎日の中では、こうしたことを後回しにしてしまいがちですが、心に少し余白がある時に、家族のこれからを静かに見つめてみるのも大切なのかもしれません。
ようやく灯った「会える」という希望
激痛と不安の中で過ぎていった、緊急帝王切開から2日目。
あの日の私は、何もできませんでした。
歩くことも、抱っこすることも、母親らしいことなんて何ひとつできなかったと思います。
でも、たったひとつだけ、確かに心に残っていることがあります。
それは、
「赤ちゃん、頑張ってますよ」
という言葉に、命の灯りを感じたことです。
25週で生まれたわが子は、NICU(新生児集中治療室)の小さな保育器の中で、この瞬間も懸命に生きていました。
まだ触れることもできない。
抱きしめることもできない。
それでも、
「明日、会える」
その希望だけで、人はこんなにも救われるのだと知りました。
きっと母になるというのは、何かを“完璧にできること”ではなく、
こうして祈るように、願うように、ひとつの命を想い続けることなのかもしれません。
次回予告|はじめて見た、742gの小さな命
次回はいよいよ、NICUで我が子と初めて対面した日のことを書こうと思います。
保育器の中で懸命に生きていた、手のひらに乗ってしまいそうなほど小さな命。
その姿を見た瞬間、私の中で溢れた感情は、今でも忘れられません。
▶︎ 次回記事はこちら
超未熟児【第9話】ようやく会えた我が子。520gまで小さくなった体。涙が溢れた、小さな小さな命との初面会
※本記事は筆者個人の体験談です。出産や治療の経過、感じ方には個人差があります。医療的な判断や不安がある場合は、必ず主治医や専門機関へご相談ください。
※掲載している商品・サービスは一例です。必要なものや選択肢は、ご自身やご家族の状況に合わせて無理のない範囲でご検討ください。

