乳がんの告知を受けたあと、待っていたのは「がん治療」だけではありませんでした。
前の病院で受けた精密検査で、思いがけずいくつもの項目に引っかかり、こう言われたのです。
「詳しくは大学病院で、もう一度しっかり調べましょう」
ただでさえ、乳がんという現実を受け止めるだけで精一杯だったあの頃。
それなのに、まだ自分の体の中に“知らない何か”があるかもしれない——。
そんな不安を抱えたまま大学病院へ向かった日のことを、今日は記録として残しておこうと思います。
あの日の私は、ただ病院へ行ったのではなく、
「自分の体の現実」を、一つずつ突きつけられに行ったような気がしていました。
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大学病院で渡された「予約表」に、言葉を失った日
大学病院の受付で、主治医が組んでくれた受診スケジュール表を受け取った時のことを、私は今でもよく覚えています。
その紙に並んでいたのは、ひとつではなく、いくつもの診療科の名前でした。
最初は見間違いかと思いました。
でも、何度見ても同じ。
私はその場で、静かに息をのみました。
受診する科が、全部で5つもあったのです。
その日、私が回ることになった5つの診療科
- 糖尿病・内分泌内科(副腎の腫れの精密検査)
- 消化器内科(臓器の腫れの確認)
- 乳腺・内分泌外科(乳がんのメイン治療)
- 形成外科(乳房再建の相談)
- 産婦人科(卵巣の腫れの検査)
乳がんの手術を控えているのだから、乳腺外科や形成外科があるのは分かります。
でも、それ以外の科までこれほど多く並ぶとは、正直まったく想像していませんでした。
診察券と予約票を握りしめて、広い病院の中を歩く。
エレベーターを降りて、また受付をして、また待って、また呼ばれる。
その繰り返しの中で、少しずつ、でも確実に思ってしまったのです。
「私、本当に病人なんだ……」
その言葉は、誰かに言われたわけでもないのに、胸の奥にずしんと落ちてきました。
一気に「病人」になった気がした、あの日の空気
病院の中は、静かなのに、どこか落ち着きません。
呼び出し番号の音。
椅子に座って順番を待つ人たち。
白衣の先生、忙しそうに行き交う看護師さん。
そんな光景の中に自分がいることが、どうしてもまだ現実味を持てませんでした。
数日前まで、私は「普通に生活している側」だったはずなのに、
その日はもう、検査と診察の合間を縫って歩く“患者”としてそこにいました。
病気になるって、急に体調が悪くなることだけじゃないんだと、この時初めて思いました。
こうして、少しずつ生活の景色が変わっていくこと。
何気ない日常から、医療のスケジュールに人生が引っ張られていくこと。
それもまた、「病気の始まり」なのだと思いました。
しかも、乳がんだけでは終わらない。
体のあちこちに「気になるところ」が見つかり、そのたびに不安が増えていく。
ひとつ受け止めるだけでも苦しいのに、
次から次へと新しい不安が増えていく感覚は、想像以上にしんどいものでした。
副腎の腫れと、終わりの見えない検査の日々
中でも、私の中で大きな不安になっていたのが、副腎のことでした。
糖尿病・内分泌内科で説明を受けた時、先生から言われたのは、コルチゾールの数値が正常より低く、
脳からの指令がうまく働いていない可能性がある、ということでした。
聞き慣れない言葉ばかりで、正直その場では頭が追いつきませんでした。
でもひとつだけ、はっきり分かったことがあります。
「これは、すぐに終わる話ではない」ということでした。
検査は段階的に進み、私は3段階あるうちの2段階目までを受けることになりました。
そして、その先にはさらに最後の精密検査が待っていました。
乳がんだけでも十分つらいのに、さらに副腎まで。
その時の私は、もう「何をどこまで心配すればいいのか」すら分からなくなっていました。
「終わった」と思えない不安が、いちばん苦しかった
副腎については、仮に最終検査をクリアできたとしても、そこで完全終了ではありませんでした。
腫れそのものが消えるわけではないため、今後は5年間、毎年CTで経過観察が必要になると言われたのです。
その言葉を聞いた時、私はなんとも言えない気持ちになりました。
「ひとまず大丈夫」と言われても、
「でも5年見ていきましょう」と言われると、心は全然軽くなれない。
安心と不安の間に、ずっと立たされているような感覚でした。
左乳房のこと。
副腎のこと。
そして、乳がんの転移がないかどうかの確認。
毎日のように「検査」「検査」「検査」。
気づけば、体のどこかに異常がないかを探し続ける日々になっていました。
ゴールが見えないというのは、想像以上に心を削ります。
「ここを越えたら終わり」がないだけで、人はこんなにも疲れてしまうんだと知りました。
※副腎の詳しい検査については、別記事でまとめています。
内部リンクを入れる場合は、こちらにご自身の記事URLを設定してください。
▶ 関連記事:【特別編:副腎と喘息】乳がん精密検査で次々と見つかる異常。副腎の腫れ、持病の喘息、そして再建手術の「残酷な現実」
一番怖かったのは、卵巣の検査でした
消化器内科については、幸い大きな問題はありませんでした。
でも、私が一番怖かったのは、実は産婦人科でした。
理由ははっきりしています。
自分の中に、ずっと見ないふりをしていた“宿題”があったからです。
私は数年前に子宮全摘の手術を受けています。
その時、先生からこう言われていました。
「卵巣は残っているので、今後も定期的に検診は受けてくださいね」
でも私は、その後一度も行っていませんでした。
忙しかった。
体調もそこまで悪くなかった。
どこかで「大丈夫だろう」と思っていた。
そうやって、何年も後回しにしてしまっていたのです。
「また手術だったらどうしよう」と、本気で震えた
だからこそ、産婦人科の待ち時間は本当に怖かったです。
乳がんのことで頭も心もいっぱいなのに、
もしここでさらに卵巣まで何か見つかったらどうしよう。
また手術?
また入院?
また家のこと、お金のこと、子どものことを考えなきゃいけないの?
そんな思いが次々に押し寄せてきて、静かに座っているだけでも心臓がバクバクしていました。
そして、診察の結果。
卵巣は、奇跡的に正常範囲内でした。
その言葉を聞いた瞬間、肩の力が抜けて、心の奥にたまっていたものが少しだけほどけた気がしました。
本当に、心からほっとしました。
でも同時に、ものすごく反省もしました。
自分の体のことを、私はずっと後回しにしてきたんだなと。
「まだ大丈夫」
「今は忙しいから」
「何も症状がないし」
そうやって先延ばしにしてきたものが、ある日まとめて返ってくることもあるのだと、この時初めて怖くなりました。
乳がんという現実は、ふとした瞬間に胸を刺してくる
不思議なことに、乳がんの告知を受けてからというもの、
他の異常を指摘されても、以前ほど大きく取り乱さない自分がいました。
もちろん不安はあります。怖いです。嫌です。
でも、乳がんという事実があまりにも大きすぎて、
それ以外のことに対する感情が、どこか鈍くなっていたのかもしれません。
それくらい、「乳がん」と言われた衝撃は、自分の中で特別に重かったのだと思います。
しかも厄介なのは、今の私にはほとんど自覚症状がなかったことです。
普段通りに動ける。
ごはんも食べられる。
見た目も、いつもの自分とそこまで変わらない。
なのに、体の中では確かに「がん」が存在している。
その事実が、時々ものすごく怖くなります。
もし、あの時気づいていなかったら
今でも何度も思います。
もしあの時、下着の汚れに気づいていなかったら。
もし「たいしたことない」と見過ごしていたら。
もし病院へ行くのを先延ばしにしていたら——。
そう考えると、本当にゾッとします。
乳がんは、気づいた時には進行していることもある病気です。
私は幸い、初期の段階で見つけることができました。
それでも、待っていたのは「全摘」という大きな選択でした。
早く見つかったから、軽い話になるわけではない。
初期だから、心が平気でいられるわけでもない。
それを、身をもって知りました。
「定期検診って大事ですよ」
言葉で聞くのと、自分がその立場になるのとでは、重みがまったく違いました。
忘れていたいのに、忘れさせてくれない日々
できることなら、自分が病人であることを忘れて過ごしたい。
何もなかったことにして、いつものように暮らしたい。
そう思う瞬間は、今でも何度もあります。
でも現実は、そう簡単にはいきません。
診察日が近づく。
検査結果の連絡がある。
病院からの書類が届く。
次の予約が入る。
そういう小さな出来事のたびに、私は何度でも現実に引き戻されます。
「ああ、私、病気なんだった」
その確認作業を、何度も心の中で繰り返しているような日々でした。
忘れたいのに、忘れられない。
逃げたいのに、逃げられない。
現実逃避したい自分と、きちんと向き合わなければいけない自分。
その間で揺れながら、私は毎日をやり過ごしていました。
外から見れば普通に見える日も、内側ではずっと静かに苦しい。
そんな時間が、思っていた以上に長く続いていました。
Rino’s Choice|検査や通院の日に、少しだけ助けられたもの
病気のことを考えるだけで心がすり減ってしまう時期は、
「大きな解決」よりも、「今日を少しだけ楽にするもの」に助けられることがあります。
ここでは、検査や通院が続く日々の中で、
そっと支えになってくれそうなものを、やさしくご紹介します。
低刺激スキンケアセット
検査や治療のストレスが続くと、肌まで敏感になってしまうことがあります。
そんな時は、刺激の少ないスキンケアをひとつ持っておくだけでも、
「ちゃんと自分をいたわってあげたい」という気持ちに少し戻れました。
病院通いで気持ちが張りつめている時ほど、
肌に触れる時間がやさしいものであることは、想像以上に大切だと思います。
抱き枕
不安が強い時期は、眠りも浅くなりがちです。
横になっても落ち着かない夜に、体をあずけられる抱き枕のような存在があると、
ほんの少しだけ呼吸が深くなることがあります。
「ちゃんと休まなきゃ」と思うほど眠れない時期だったからこそ、
体を預けられるもののありがたさを感じました。
宅配食事サービス
検査や診察が続くと、心だけでなく、生活そのものを回す力も削られていきます。
ごはんを作ることすらしんどい日に、
“食べることを諦めなくていい選択肢”があるのは、本当に助かることでした。
全部を頑張れない時に、少しだけ人やサービスに頼ることは、
決して甘えではなく、自分を守るための選択なのだと思います。
もしもの不安を、一人で抱え込まないために
病院の長い待ち時間の中で、私はふと考えていました。
もし、このまま入院が長引いたら。
もし、これ以上検査が増えたら。
もし、これからお金の不安まで大きくなってしまったら——。
健康な時には、「まだ大丈夫」と思っていたこと。
でも、実際に病気の現実を前にすると、その“備え”がどれだけ心の支えになるかを痛感しました。
とはいえ、保険のことは本当に難しいです。
保障内容も、見直しのタイミングも、
一人で調べて考えるには限界があると感じる方も多いと思います。
だからこそ、必要な時には、
信頼できる人に一度相談してみるという選択も、私はとても大切だと思いました。
【PR】一人で悩まず、まずは話してみるという選択
これからの治療や生活費、家族のことまで考えると、
「何をどう備えればいいのか分からない」と感じるのは、とても自然なことです。
そんな時に、無理に一人で抱え込まず、
保険やお金のことを整理しながら相談できる窓口があるのは、心強いことだと思います。
無理な勧誘ではなく、まずは今の不安を言葉にしてみるだけでも、
少し気持ちが整うことがあります。
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あの日の私は、「体からのメッセージ」を受け取っていたのかもしれない
体中のあちこちに見つかる、不調のサイン。
次々に異常を指摘されるたびに、私は落ち込みました。
「どうしてこんなに次から次へと……」と、心が折れそうになることもありました。
でも今振り返ると、それはもしかしたら、
これまで無理を重ねてきた私に対する、体からの静かなメッセージだったのかもしれないと思うのです。
見ないふりをしてきた疲れ。
後回しにしてきた不調。
「まだ大丈夫」と言い聞かせてきた自分。
そういうものが、ある日一気に表に出てきたような感覚がありました。
もちろん、病気になってよかったなんて、そんなふうには到底思えません。
でも、それでも。
この出来事がなければ、私はきっと、
自分の体とここまで真剣に向き合うことはなかったと思います。
あの日の不安も、怖さも、重苦しさも、全部つらかった。
それでもあの日は、私にとって「これからの生き方」を少しだけ考え直すきっかけになった一日でもありました。
次回予告|本当に苦しかった「副腎の精密検査」の日
5つの診療科を回り、心も体もすっかり疲れ果てて帰路についた私。
でも、本当の試練はここからでした。
次回は、もっとも不安だった「副腎の精密検査」当日について書こうと思います。
2時間もの間、ベッドの上で動くことを許されない、静かで過酷な検査。
その時間の中で、私が感じたこと。
そして、思いがけず見つけた“小さな休息”についても残したいと思っています。
自分の体と、そして心と向き合った、静かな闘いの記録です。
▶︎ 次回の記事はこちら
乳がん体験談【第12話】副腎の精密検査当日。2時間のベッド拘束で見つけた、小さな休息と「自分を識る」こと
※本記事は、私自身の体験をもとに綴った個人の記録です。症状や検査内容、治療方針には個人差がありますので、気になる症状や不安がある場合は、必ず医療機関や専門家へご相談ください。
また、記事内でご紹介している商品・サービスは一例であり、すべての方に当てはまるものではありません。ご自身の体調や状況に合わせて、無理のない選択をしてください。

