※本記事は、筆者個人の術後経過を記録した体験談です。また、一部プロモーションを含みます。
退院できた日。本当なら、もっと軽やかな気持ちで病院を出るのだと思っていました。
ようやく外へ出られる。普通の暮らしへ近づける。そんなふうに少し浮かれていたのも事実です。
けれど実際の私は、想像よりずっと弱っていて、病院の外の世界は思った以上に遠く感じられました。
「退院できたこと」と「回復したこと」は、まったく別だった。
その現実を、私はこの日から少しずつ知ることになります。
退院後に起きた異変と、不安に包まれた帰宅の日
予定より早い退院。喜びと戸惑い
今回の退院は、当初の予定より10日ほど早いものでした。
家へ帰れるうれしさ、入院生活から解放される安堵。その一方で、「こんなに早くて大丈夫なのだろうか」という不安もありました。
保険のことを考え、少し損をしたような気持ちになったのも本音です。
それでも前向きに捉えようとした私は、まだ自分の体がどれほど弱っているのかを分かっていませんでした。
すぐには帰らず、ホテルへ
退院後、私はそのまま自宅へは戻りませんでした。
病院を出て、いきなり日常へ戻るのが怖かったのかもしれません。駅の近くにホテルを3日ほど取り、誰にも気を遣わず静かな場所で休むことにしました。
退院後の滞在先や移動については、傷の状態、受診先までの距離、家族の支援などで適切な選択が変わります。私の場合はホテルを選びましたが、退院前に医療者へ相談しておくと、より安心だったと思います。
病院の外で知った、本当のしんどさ
荷物を持つだけでも傷へ響き、少し歩くだけで体力が奪われました。
病院という守られた環境では気づかなかった「以前の自分」と「今の自分」の差を、外へ出た瞬間に突きつけられたようでした。
「退院したのに、どうしてこんなにしんどいのだろう」
ホテルでは、ほとんどベッドの上で過ごしました。楽しみにしていた彼との食事も、外出できる状態ではなく叶いませんでした。
退院は、元の生活へ戻る合図ではなく、病院の外で回復を続ける段階の始まり。私にとっては、そういう意味だったのだと思います。
帰宅の電車で募った、会いたい気持ち
帰宅の電車では揺れが傷へ響き、座っているだけでも疲れがたまりました。
そんな私の心を支えていたのは、愛犬や愛猫に会いたいという気持ちでした。
特に、相棒だったゴールデンレトリバーの梵天丸を亡くし、大きなサークルにひとり残された竺丸のことが頭から離れませんでした。
私も竺丸も、まだあの喪失から抜け出せてはいませんでした。
竺丸との再会
家で対面した竺丸は、いつものように全身で気持ちを表してくれました。
傷のことを思えば慎重になる必要がありました。それでも、柵越しではなく直接触れてあげたいと思ったのです。
不器用なほどまっすぐな「会いたかった」が伝わる、温かくて少し苦しい再会でした。
しばらく一緒に過ごしたあと、体の限界を感じ、私は部屋で休むことにしました。
術後は、飛びつきやリードの引っ張り、抱き上げる動作が傷へ負担になることがあります。家族に同席してもらう、最初は柵越しに会う、傷を保護するなど、医療者の指示とペットの性格に合わせて安全を優先してください。
着替えの途中で気づいた異変
着替えようと胸元を見た瞬間、一気に血の気が引きました。
再建した胸に巻いていた胸帯が茶褐色に染まり、液体がぽたぽたと落ちていたのです。
「大変なことになっているのでは」
やっと帰ってきた安心が、ほんの数分で崩れました。
私は自分で処置を決めず、すぐに手術を受けた病院へ連絡しました。
新しい出血や液、膿、傷の赤み・腫れ・熱感、悪臭、強くなる痛み、続く発熱などがある場合は、自己判断せず手術を受けた医療機関へ連絡してください。急激な悪化、強い息苦しさ、意識の異常などがある場合は、救急要請を含む緊急対応が必要です。傷を独自の方法で洗浄・圧迫せず、退院時の指示を優先してください。
参考:国立がん研究センター東病院「体調不良時のために」
病院へ連絡するとき、伝えられるとよいこと
いつ、何に気づいたか
液や出血に気づいた時刻、増えているか、胸帯やガーゼがどの程度濡れたかを伝えます。
傷と全身の状態
色、におい、赤み、腫れ、熱感、痛みの変化、体温、息苦しさなどを確認します。
病院から受けた指示
受診時刻、処置方法、食事や薬、移動手段について聞き、メモに残します。
不安を抱え、再び病院へ
病院へ連絡した結果、翌日に受診することになりました。
病院の許可を取り、片道2時間を車で向かいました。痛みと疲れで弱っているときの移動は、大きな負担でした。
術後の長距離移動では、自分で運転できる状態か、途中で休めるか、同伴者が必要かなども、受診先へ確認しておくと安心です。
「大事には至らなかった」と分かった
専門の先生に診てもらった結果、幸い、私の場合は大事には至っていませんでした。
内部で小さな出血が起き、それがわずかな隙間から外へ出た可能性があるとの説明でした。超音波検査でも確認してもらい、ほかは正常範囲だと言われ、ようやく少し深く息ができました。
これは、私が診察を受けたうえで聞いた結果です。同じように見える症状でも原因や対応は異なるため、記事だけで判断せず、ご自身の医療機関へ相談してください。
安静に過ごした日々
次の受診日までの抗菌薬を処方され、安静に過ごすよう指示を受けました。
また出血したらと思うと、少し動くだけでも怖い。体の回復だけでなく、心もかなり削られていました。
薬は処方どおりに使い、副作用や飲み忘れへの対応は医師・薬剤師へ確認する。傷の状態と体温を記録する。退院後は、そんな小さな確認も安心につながりました。
Rino’s Choice|退院後の体をやさしく支えるもの
退院後に痛感したのは、少しでも体へ負担をかけない環境の大切さでした。寝具や姿勢は、傷の状態と病院の指示に合わせて選んでください。
心を整える、やさしい選択肢
術後の不安や痛みが重なるとき、「弱ってはいけない」と思わなくていい。部屋に彩りを添えることや、誰かに話すことも、自分を守る選択肢です。
梵天丸との再会に、また涙があふれた
その後、梵天丸をお寺さんに迎えに行ってもらい、再会しました。
大丈夫だと思っていた気持ちは、その姿を前にした瞬間に崩れ、涙が止まりませんでした。
失ったものの大きさは、何度でも静かに胸へ戻ってきます。
無理に切り替えず、しばらくは梵天丸と一緒に部屋で過ごそう。そう思いました。
まとめ|回復は、静かでゆっくり
- 退院は回復の完了ではなく、病院の外で療養を続ける段階だった
- 思うように動けないときは、休むことも大切な選択
- 創部の異変に気づいたら、自己判断せず手術施設へ相談する
- 焦らず、以前の自分と比べず、今の体に合う速度で過ごす
回復はもっと静かで不安定で、想像よりずっとゆっくりでした。
進んだり立ち止まったりする、その繰り返しの中で回復していく。私にとっては、そういう時間だったのだと思います。
次回記事へ
傷だらけの体を前に、女性としての自分を見失いそうになった日。公開後、この場所に記事リンクを追加します。
参考にした医療情報
本記事は、乳がん手術・乳房再建後の筆者個人の体験をもとに綴っています。術式、退院時期、傷の状態、処置、薬、回復経過には個人差があります。体調や創部に不安がある場合は、主治医・手術を受けた医療機関へご相談ください。商品・サービスは選択肢の一例であり、治療効果を示すものではありません。価格、在庫、仕様、利用条件は各掲載ページで最新情報をご確認ください。参考情報は2026年7月29日に確認しました。

