乳がん体験談【第16話】15時間の死闘。ICUで感じた愛犬の気配と、涙の理由

人生の軌跡と体験談

最愛のパートナーだったゴールデンレトリバーのゴルを、わずか4歳と3日で見送ってから、まだ数日しか経っていませんでした。

深い喪失感の中にいながら、私は乳房再建を伴う大きな手術を受けるため、病院のベッドにいました。

悲しみが癒える間もなく、自分自身の身体と命に向き合わなければならない現実。

あまりにも重たい時間のはずなのに、不思議と心のどこかには、静かな感覚もありました。

今日は、手術当日のこと、15時間に及んだ長い時間、そしてICUで私が感じた、言葉にしきれない出来事について綴りたいと思います。

※本記事はプロモーションを含みます。

ゴルが私に渡してくれた「命のバトン」

愛犬を失った悲しみは、簡単に整理できるものではありません。

まして、それが自分の手術の直前だったこともあり、心の中は言葉にできない感情でいっぱいでした。

けれど、手術前の私は、不思議なくらい取り乱してはいませんでした。

もちろん不安はありましたし、怖さがまったくなかったわけでもありません。でも、その不安の奥に、どこか静かな覚悟のようなものがありました。

それはきっと、ゴルが最期に私へ残してくれたものだったのだと思います。

あの子は、自分が苦しいはずなのに、私が入院するのを見届けるようにして旅立っていきました。

その姿は、今思い返しても、偶然では片づけられないような意味を感じさせます。

「ママ、ちゃんと頑張って」

そんな言葉を聞いたわけではありません。でも、あの子の生き方そのものが、私にそう語りかけているようでした。

苦しみの中でも命をあきらめなかった姿。最期まで懸命に生きようとしていたまなざし。そのすべてが、私の中で「私も生きる」という気持ちに変わっていったのです。

悲しみの中にいても、人は支えを受け取ることがあるのだと、私はあの時初めて知った気がしました。

手術当日の朝。逃げ場のない痛みと向き合う

そして、いよいよ手術当日の朝を迎えました。

大きな手術を前にした緊張感はもちろんありましたが、それ以上に「もうここまで来た」という気持ちの方が強かったように思います。

手術室に入る前に行われたのが、がんの広がりを確認するための「センチネルリンパ節生検」の注射でした。

この検査については、事前に「かなり痛い」と聞いていました。

でも、実際に受けてみると、その痛みは想像していた以上でした。

乳輪周辺というとても敏感な場所に針が入り、薬液がじわじわと組織の中に押し広げられていくような、独特で強い刺激。

思わず息を止めたくなるような、逃げ場のない痛みでした。

その場で泣いてしまう方がいるという話も聞いたことがありましたが、実際に受けてみて、その意味がよくわかりました。

「これも生きるための通過点なんだ」

そう何度も自分に言い聞かせながら、ただ歯を食いしばるしかありませんでした。

手術そのものへの不安ももちろんありましたが、その前段階からすでに「簡単な道のりではない」と身体に教えられたような気がしました。

15時間の手術へ。静かに意識が遠のいていった

手術室へは車椅子で向かいました。

運ばれながら見上げた白い天井は、病院特有の静けさと無機質さに包まれていて、その景色が妙に現実味を帯びて胸に残っています。

いよいよ始まる。

そう思いながらも、心の中には不思議な落ち着きがありました。

もちろん怖くなかったわけではありません。でも、ここまで来た以上、もう進むしかないという気持ちが、恐怖より少しだけ前に出ていたのだと思います。

手術台に横たわり、麻酔が入っていくと、意識はゆっくりと、でも確実に遠のいていきました。

何かを考え続ける間もなく、私は深い眠りの中へ落ちていきました。

次に目を覚ましたとき、手術開始から15時間が経っていました。

乳房再建を伴うため、長時間になることは聞いていましたが、それでも「15時間」という時間の重みは、自分の中で簡単には受け止めきれないものでした。

ただ、その長い時間を先生方や医療スタッフの方々が支えてくださったことに対して、胸の中には深い感謝しかありませんでした。

自分では何ひとつできない時間の中で、命を預けて守ってもらっていた。その事実が、静かに、でもとても大きく心に残りました。

ICUで始まった、痛みとの長い時間

手術後の一日は、ICUで過ごしました。

目が覚めたあと、まず感じたのは、身体に広がる強い痛みでした。

どこがどう痛い、というよりも、全身が「大きな手術を終えた身体」になっている感覚でした。

身体は重く、思うように動けず、意識もはっきりしているようでいて、どこか夢の中のような曖昧さがありました。

現実と夢の境目が溶けているような、時間の感覚もよくわからない、不思議な状態。

その中で、私はただ痛みに耐えながら、ひとつひとつの呼吸をやり過ごしていました。

「ここを越えれば大丈夫」

そんなふうに思いたくても、痛みの真ん中にいるときは、先のことを考える余裕すらありません。

それでも、あの時間の中で私は、ただ苦しいだけではない、忘れられない感覚を経験することになります。

左にはゴル、右には大切な人。確かに感じた気配

ICUで意識が朦朧とする中、私は何度も、誰かがそばにいるような感覚を覚えました。

目を閉じていても、確かに気配を感じるのです。

私の左側には、ゴル。

そして右側には、人生の中で最も大切に思っている人。

その二人が、ぴたりと私の両側に寄り添ってくれているような感覚が、何度も消えずに残りました。

もちろん、現実に見えたわけではありません。

言葉を交わしたわけでもありません。

それでも私は、あの瞬間たしかに「ひとりじゃない」と感じていました。

まるで、そっと包み込むように見守ってくれているような、あたたかくて静かな存在感。

「もう大丈夫」

「ちゃんと戻ってきたよ」

そんな言葉を、心の奥で受け取っていた気がします。

あれが麻酔や痛みの中で見た夢だったのか、それとも本当に感じ取った何かだったのかは、今でもわかりません。

でも、わからなくてもいいと思っています。

あのときの私にとって必要だったのは、「理由」よりも「ぬくもり」だったからです。

右目から二粒、そして左目からあふれた涙

その気配を感じた瞬間、右目から、静かに二粒の涙がこぼれました。

涙を流そうと思ったわけではありません。

ただ自然に、勝手にこぼれていったのです。

そして少しあとに、今度は左目から、あふれるほどの涙が流れてきました。

何の涙だったのか、今でもうまく説明できません。

手術を終えて無事に戻ってこられた安堵だったのかもしれません。

強い痛みに対する身体の反応だったのかもしれません。

あるいは、ゴルを失った悲しみが、ようやく心の奥からあふれ出した瞬間だったのかもしれません。

悲しみ、安堵、痛み、疲れ、孤独、感謝。

そのすべてが混ざり合って、もう自分でも整理できないほどになっていたのだと思います。

でも、その涙は苦しいだけのものではありませんでした。

むしろ、胸の奥に溜まっていたものを、少しずつ外へ流してくれるような、やさしい涙だった気がします。

人は、極限のような時間の中でも、こうして何かに支えられながら生きているのかもしれない。

あの夜の私は、言葉にならない形で、たしかにそう感じていました。

Rino’s Choice|術後の時間にそっと寄り添ってくれたもの

大きな手術のあとは、身体の回復だけでなく、心の回復にも時間が必要だと感じました。

そんな中で、「少しでも楽に過ごせるもの」「少しでも自分をいたわれるもの」があるだけで、つらい時間の質が少し変わります。

ここでは、術後や入院中に、実際にこういうものがあると助かると感じたものを、今の私の気持ちに近い形でご紹介します。

必要なものをひとまとめにしやすいバッグ

入院や術後の移動では、思っている以上に細かな持ち物が増えます。

診察券やスマホ、小さなお財布、リップやハンドクリーム、ティッシュなど、「すぐ使いたいもの」が散らばっているだけで、弱っているときにはそれが意外な負担になります。

そんなとき、必要なものをひとまとめにしやすいバッグがあると本当に助かります。

軽くて持ちやすく、開け閉めしやすいものなら、病室の中でも使いやすく、退院後の通院時にもそのまま活躍してくれます。

大きすぎず、でも必要なものはきちんと入るサイズ感のものを選んでおくと、慌ただしい場面でも気持ちに少し余裕が生まれます。

見た目の好みも大切ですが、この時期は特に「自分に負担が少ないこと」が何より大事でした。持つたびに少し気持ちが整うようなバッグがあるだけで、通院や移動の時間が少しやさしく感じられます。

気持ちまでやさしく整えてくれるスキンケアセット

手術や入院の前後は、肌も気持ちもとても敏感になります。

いつもなら平気だった乾燥や刺激が気になったり、鏡を見ることそのものが少しつらく感じる日もあるかもしれません。

そんな時期だからこそ、スキンケアは「美容のため」だけではなく、「自分をいたわるための時間」として大切にしたいと感じました。

香りが強すぎず、刺激の少ないスキンケアセットがあると、洗顔後や就寝前のほんの数分が、少しだけ穏やかな時間になります。

顔や手をやさしく整えるだけでも、「今日もちゃんとここにいる」と、自分を取り戻すような感覚になれることがあります。

入院中は荷物を最小限にしたくなるからこそ、必要なケアがひとつにまとまったセットは使いやすく、心にも負担をかけにくい存在です。

身体だけでなく心まで疲れてしまいやすい時期に、そっと寄り添ってくれるケアアイテムは、思っている以上に大きな支えになってくれました。

体温調整しやすく、羽織るだけで安心できるカーディガン

病院の中では、室温が一定でも、自分の体感はいつもと大きく違うことがあります。

術後は特に、少し寒く感じたり、逆に暑く感じたりと、身体の感覚が安定しないことも少なくありません。

そんなとき、さっと羽織れるカーディガンが一枚あるととても助かります。

前開きで脱ぎ着しやすいものなら、腕や肩を大きく動かしにくい時期でも負担が少なく、診察や処置のときにも対応しやすいです。

また、カーディガンは単なる防寒だけでなく、「何かに包まれている」ような安心感をくれることもあります。

気持ちが不安定になりやすい時期だからこそ、肌あたりのやさしい一枚がそばにあるだけで、ほっとできる瞬間が生まれます。

退院後の通院や、自宅での回復時間にもそのまま使いやすいので、入院中だけで終わらず、その後の日常にも自然につながってくれるアイテムだと思いました。

ひとりで抱え込みすぎないための選択肢

手術や術後の時間は、身体だけでなく、心にも大きな負担がかかります。

病気のこと、これからのこと、家族のこと。そして、誰にも言えない不安や悲しみ。

特に、大切な存在との別れが重なっているときは、感情の整理が追いつかなくなることもあります。

「もっとしっかりしなきゃ」

「周りに心配をかけたくない」

そうやって、自分の気持ちを押し込めてしまうこともあるかもしれません。

でも、本当に苦しいときほど、ひとりで抱え込みすぎないことも大切だと思います。

オンライン心理カウンセリング【Kimochi】

誰にも言えない気持ちを、ただ静かに聞いてほしい。

そんなときに、匿名・顔出しなしで相談できるオンラインのカウンセリングサービスは、ひとつのやさしい支えになります。

国家資格を持つ公認心理師に相談できるので、ペットロスや闘病中の不安、身近な人にはうまく話せない気持ちも、落ち着いて言葉にしやすいのが安心です。

無理に前向きにならなくても大丈夫です。まだ整理できていない感情を、そのままの形で受け止めてもらえる場所があるだけで、心の負担が少し軽くなることがあります。

「誰かに話すほどでもない」と思っているような気持ちほど、実は自分の中で大きくなっていることもあります。そんなときに、静かに寄り添ってくれる場所があることは、想像以上に心強いものです。

もしもの時を考えた、保険の見直しという備え

病気や入院を経験すると、心だけでなく、現実的なお金のことにも向き合うことになります。

治療や入院には、想像していた以上に細かな出費が重なりますし、回復後の生活や働き方まで考えると、不安が広がることもあります。

そんなときに感じるのは、「元気なうちに備えておくことの大切さ」です。

もちろん、保険は何かあればすぐに入ればいいという単純なものではなく、その人の家族構成や働き方、現在の保障内容によって必要なものも変わります。

だからこそ、一度落ち着いて相談できる窓口や見直しの選択肢を知っておくことには意味があります。

今すぐ何かを決めるためではなくても、「こういう備え方もある」と知っておくだけで、気持ちが少し落ち着くこともあります。これからの暮らしを守るための選択肢として、情報を持っておくことは決して無駄ではないと感じました。

3日目の朝。痛みの先で、少しだけ前を向けた

ICUを出て一般病棟へ戻り、少しずつ身体を慣らしていく時間が始まりました。

手術から3日が経っても、もちろん痛みは残っていました。

楽になったとは言えないし、身体はまだ思うように動きません。

それでも、心だけは少しずつ前を向き始めていました。

ゴルが私に残してくれたものは、ただ悲しい別れだけではなかったのだと思います。

あの子は、最期のそのときまで、生きることをあきらめませんでした。その姿が、今の私の中で「これからも生きていく」という覚悟に変わっている気がします。

見えなくても、そばにいてくれる。

そう思えるだけで、人はまた少し前に進めるのかもしれません。

回復までの道のりはまだ長く、これから先も不安がなくなるわけではありません。でも私は、あの日ICUで感じたぬくもりを胸に、一歩ずつ進んでいこうと思っています。

まとめ|あの涙は、きっと生きるための涙だった

15時間に及ぶ長い手術。

術後の強い痛み。

そして、ICUで感じた不思議なぬくもり。

あの日のことを思い返すと、つらさだけではなく、たしかに支えられていた感覚が一緒によみがえります。

左側にはゴル。右側には大切な人。

その気配に包まれながら流れた涙は、悲しみだけの涙ではなかった気がします。

苦しさの中でも、生きて戻ってこられたこと。ひとりではなかったこと。まだ前へ進めること。

いろいろな思いが混ざり合った、やさしい涙でした。

今も悲しみが消えたわけではありません。痛みも、不安も、完全になくなったわけではありません。

それでも私は、あの手術の日を越えて、また少し生きる方へと歩き始めています。

次回予告|生かされた命、愛犬の分まで歩き出す決意

次回、第17話では、リハビリが始まったあとのこと、そして病室に届いた一通の便りについて綴る予定です。

手術を終えたあと、少しずつ日常が戻り始める中で感じたこと。支えてくれる人たちの存在が、どんなふうに心に届いたのかを書いていきます。

もしよろしければ、その続きも読んでいただけたらうれしいです。

▶︎ 次回記事へ 生かされた命、鏡に映る新しい傷跡。

この記事について

※本記事は、乳がん治療と手術に関する個人の体験談です。症状や治療内容、感じ方には個人差があります。

※医療や治療に関する判断は、必ず医師や医療機関にご相談ください。

※記事内でご紹介している商品・サービスは、当時の体験や思いに沿って記載しているものであり、特定の治療やサービスを推奨するものではありません。

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