超未熟児【第7話】「おめでとう」のない出産。術後の激痛と、赤ちゃんの安否を聞けなかった空白の3日間

人生の軌跡と体験談

※本記事にはプロモーションが含まれます。

「超未熟児」「逆子」「緊急帝王切開」。

あとから医師に聞いた話では、この3つが重なる出産は、極めて高度な医療技術と、専門チームの連携が必要になる“最難関”のケースだったそうです。

多くの幸運と、必死に支えてくださった医療スタッフの方々のおかげで、私はなんとか出産を終えることができました。

けれど、本当につらかったのは、そこからでした。

「産まれた」という実感もないまま、麻酔から目を覚ました私を待っていたのは、想像をはるかに超える痛みと、不安と、言葉にできない静けさでした。

このときのことは、今でも思い出すだけで胸が締めつけられます。

でも同時に、命がつながるということが、どれほど奇跡の積み重ねの上にあるのかを、私はこの数日間で痛いほど知ることになりました。

麻酔から覚めた瞬間、現実が一気に押し寄せてきた

意識が戻った瞬間、最初に感じたのは「生まれた」という安堵ではありませんでした。

腹部を、刃物で何度も抉られるような激痛。

それは、これまで経験したどんな痛みともまったく違うものでした。

暗い病室。静まり返った空気。深夜のような静けさの中で、私はただ、自分の体の中で起きている痛みに飲み込まれていました。

あまりの苦しさに、意識が遠のく。

そしてまた、痛みで引き戻される。

あの日の私は、何度も何度もその繰り返しの中にいました。

今思えば、人間には“自分を守るための本能”が本当にあるのだと思います。

痛みが限界を超えると、体は意識を手放してしまう。

あのとき私は、初めてそれを身をもって知りました。

できることなら、人生で二度と味わいたくない。

そう心の底から思った、あまりにも過酷な時間でした。

「安産」は、当たり前なんかじゃなかった

今回で、私は3人目の出産でした。

上の2人のときは、ありがたいことに大きなトラブルもなく、いわゆる“安産”でした。

だからこそ私は、どこかで「出産は怖いものではあっても、きっとなんとかなる」と思っていたのかもしれません。

でも現実は、そんなに簡単なものではありませんでした。

命を産むということは、命をかけることでもある。

その現実を、私はこの出産で初めて本当の意味で思い知ったのです。

母子ともに無事で生まれてくること。

赤ちゃんが泣いてくれること。

「おめでとう」と笑ってもらえること。

それは全部、決して当たり前なんかじゃなかった。

そう気づいたとき、上の子たちが元気に生まれてきてくれたことが、どれほど大きな奇跡だったのかが胸に押し寄せてきました。

私はあの夜、痛みに耐えながら、何度もそのことを思っていました。

もっと感謝しなければいけなかった。

もっと、当たり前だと思ってはいけなかった。

そんな後悔にも似た気持ちが、静かに心の奥に積もっていきました。

我が子の安否すら聞けない、長すぎた時間

体は思うように動かない。

痛みは強いまま。

それなのに、いちばん知りたいことだけが、どうしても聞けませんでした。

「赤ちゃんは、大丈夫なんだろうか」

本当は、目が覚めた瞬間に一番最初に聞きたかったはずのこと。

でも私は、そのひと言を口にすることができませんでした。

もし、最悪の答えが返ってきたら――。

そう思うと、怖くて、怖くて、喉が詰まってしまったのです。

聞かなければ、まだ“知らないまま”でいられる。

知らなければ、まだ完全には壊れずにいられる。

あのときの私は、そんなふうにしか自分を守れませんでした。

出産を終えたはずなのに、母になった実感はなく、喜びもなく、ただ不安だけがそこにありました。

普通なら、赤ちゃんの顔を見て、泣き声を聞いて、安心したり、涙が出たりする時間だったのかもしれません。

けれど私には、その“当たり前”の時間がありませんでした。

その空白が、どれほど苦しかったか。

言葉にしても、きっと足りないと思います。

病室に差し込んだ朝の光と、言えなかったひと言

夜が明けて、病室に朝の光が差し込んできた頃。

昨夜はぼんやりとしか見えなかった看護師さんたちの姿が、少しずつはっきり見えるようになってきました。

けれど、私の心の中は何ひとつ晴れていませんでした。

何かを聞きたい。

聞かなければいけない。

そう思っているのに、言葉が出てこない。

胸の奥だけが苦しくて、涙がにじみそうになるのを、必死にこらえていました。

「赤ちゃん、大丈夫ですか?」

たったそれだけの言葉なのに、どうしても言えない。

今でも、あの朝の自分を思い出すと胸が苦しくなります。

母親なのに、すぐに聞けなかった。

そんな自分を責める気持ちもありました。

でもあのときの私は、それほどまでに心も体も限界だったのだと思います。

「おめでとう」ではなく「大丈夫?」が並んだ朝

出産後にかけられる言葉といえば、私はずっと「おめでとう」だと思っていました。

でも、あの日、私の耳に届いたのは違いました。

「大丈夫?」

「痛いよね」

「つらいね」

その言葉たちは、どれも優しくて、温かくて、ありがたいものでした。

それでも私は、その優しさの奥にある“現実”を勝手に深読みしてしまっていました。

どうして誰も「おめでとう」と言わないんだろう。

それは、やっぱり普通の出産ではなかったからなのだろうか。

赤ちゃんの状態が、喜べるような状況ではないからなのだろうか。

そんなことばかり考えてしまって、胸が張り裂けそうでした。

昨日より周りの景色は見えるようになったのに、私の心だけは、ずっと深くて冷たい場所に置き去りにされたままでした。

Rino’s Choice|心細い入院中に、少しだけ心をほどいてくれるもの

入院中や安静の日々って、体だけじゃなく、心もどんどん閉じていきやすいものだと思います。

誰にも会えない時間。

一歩も外に出られない日。

何もできないまま、ただ天井を見つめるしかない時間。

そんなとき、もし病室や部屋の片隅に、やさしい色の花がひとつあるだけで、少しだけ呼吸がしやすくなることがあります。

「ああ、今日もちゃんと朝が来たんだな」

そんなふうに、ほんの少し気持ちを戻してくれるものがあるだけで、救われる日もあると思うのです。

お花の定期便という、やさしい選択肢

もし、入院中や療養中の自分へ、あるいは大切な誰かへ何かを贈るなら、こういう“静かな癒し”もひとつの選択肢だと思います。

HitoHanaのお花の定期便は、自分の好きな色味を選べるので、届いた瞬間に気持ちが少しやわらぐようなやさしさがあります。

初回は花瓶付きのプランもあり、準備いらずでそのまま飾れるのも、余裕のない時期にはありがたいポイントでした。

頑張っている自分に「おつかれさま」と言ってあげる代わりに。

あるいは、言葉では足りない誰かに「気にかけているよ」と伝える代わりに。

そんなふうに、そっと寄り添ってくれる贈りものです。


ポスト投函タイプよりもボリューム感があり、空間にやさしく彩りを添えてくれるお花のサブスクです。

※サービス利用については、ご自身や贈る相手の体調・生活状況に合わせて無理のない範囲でご検討ください。

退院後を思うとき、心のどこかで支えになりそうだったもの

あのときの私は、目の前の痛みと不安で精一杯でした。

それでも心のどこかでは、この先どうなるのだろう、この子をどんなふうに迎えてあげられるのだろう、と考えていた気がします。

すぐに使えるわけではなくても、赤ちゃんを迎える日を思い描けるものがあるだけで、途切れそうな気持ちがほんの少しだけ未来につながることがあります。

ここでは、そんな不安な時期にも「いつか必要になるかもしれない」と静かに心を支えてくれそうなアイテムを、やさしくご紹介します。

赤ちゃんを安心して寝かせられるベビーベッド

赤ちゃんが小さく生まれた場合、退院後の暮らしは、喜びと同時にとても大きな緊張感をともなうことがあります。

だからこそ、眠る場所が整っていることは、親にとっても大きな安心につながります。

ベビーベッドは、赤ちゃんのためだけでなく、「ちゃんと守ってあげられる場所がある」と感じさせてくれる存在でもあると思います。

上の子がいるご家庭や、生活スペースを分けて整えたい方にとっても、やさしく取り入れやすいアイテムです。


退院後の寝かせる場所づくりに。赤ちゃんを迎える準備として、安心感を持ちやすい定番アイテムです。

通院や移動の負担を少し軽くしてくれるベビーカー

小さく生まれた赤ちゃんとの暮らしでは、退院後もしばらく通院が続くことがあります。

そんなとき、赤ちゃんを安全に乗せられて、親の負担も少しでも軽くしてくれるベビーカーは、想像以上に心強い存在です。

軽さや押しやすさ、たたみやすさなど、ほんの少しの使いやすさが、疲れている日には大きな助けになることもあります。

「連れて歩くための道具」というより、不安な外出を少しだけやさしくしてくれるもの。

そんな視点で選ぶのもいいのかもしれません。


通院やちょっとした外出の負担を減らしたい方に。無理のない移動を支えてくれる、日常の相棒のような存在です。

成長した先の時間を思い描ける、小さなおもちゃ

まだ先のことだとわかっていても、おもちゃを見ると「いつかこの子が笑って遊ぶ日が来るのかな」と想像することがあります。

それは、今すぐ必要な物ではなくても、未来に希望をつなぐ小さなきっかけになることがあるように思います。

やわらかな音が鳴るものや、赤ちゃんの手にやさしい素材のおもちゃは、成長に合わせて少しずつ取り入れやすいアイテムです。

不安でいっぱいな時期だからこそ、「遊べる日が来る」という未来を、そっと心の中に置いておけるものがあるのは悪くないのかもしれません。


すぐに使わなくても、未来への小さな楽しみとして。やさしい音や手ざわりのおもちゃは、贈りものにも選びやすい存在です。

痛みと不安の中で、ただ時間だけが過ぎていった

術後の数日間は、本当に長く感じました。

時計を見ても、思っていたほど時間は進んでいない。

少し眠ったと思っても、また痛みで目が覚める。

その繰り返しの中で、心もどんどん擦り減っていきました。

「今、あの子はどうしているんだろう」

「ちゃんと生きていてくれているんだろうか」

頭の中には、そのことしかありませんでした。

でも、答えを知るのが怖くて、自分から聞くことができない。

その矛盾した気持ちが、さらに自分を苦しくさせていた気がします。

出産を終えたはずなのに、何ひとつ終わっていない。

むしろ、ここから何か大きなものが始まってしまったような感覚だけがありました。

そして私はまだ、その現実に心が追いついていませんでした。

まとめ|「無事に産まれる」は、奇跡の積み重ねだった

術後のあの数日間は、痛みと不安と、言えなかった言葉でいっぱいでした。

「赤ちゃんは大丈夫ですか?」

本当は一番聞きたかったそのひと言すら、怖くて口にできなかった私。

出産を終えたはずなのに、「おめでとう」のない朝を迎えた私は、母としての喜びより先に、現実の重さと向き合うことになりました。

でも今振り返ると、あの時間もまた、私にとって大切な“始まり”だったのだと思います。

命がつながっていること。

無事に生まれてくること。

そして、当たり前のように見える日常が、どれほど尊いものかということ。

それを、私はこの痛みの中で、静かに学んでいたのかもしれません。

次回記事へ

痛みは続いたまま。

それでも私は、ついに震える声で、ずっと聞けなかったことを口にします。

「あの子は……大丈夫なんですか?」

その問いを発するまでに、私の中では長い長い時間が流れていました。

怖くて聞けなかった現実。

でも、母親としてもう逃げてはいけない気がして、絞り出すように尋ねたあの瞬間のことは、今でもはっきり覚えています。

返ってきた答えは、安心だけでは言い表せないものでした。

そこには、想像していなかった現実と、それでも確かにつながっていた命の気配がありました。

次回は、術後の激しい子宮収縮の痛みに耐えながら、ようやく赤ちゃんの安否を聞くまでの時間、そしてその答えを聞いたときの胸の内を綴ります。

▶︎ 次回は
超未熟児【第8話】子宮収縮の激痛と、震える声で尋ねた「あの子の安否」。ようやく聞けた答え

同じシリーズを続けて読んでくださる方は、次のお話もあわせてご覧いただけたら嬉しいです。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

同じように不安の中にいる誰かに、この記録がそっと寄り添うものになれたら嬉しいです。


※本記事は、当時の体験をもとに綴った個人の記録です。感じ方や経過には個人差があります。
医療的な判断や治療方針については、必ず主治医や専門の医療機関にご相談ください。

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