15時間に及ぶ大手術から、気づけばもう8日が経っていました。
あれほど苦しかった夜の痛みも、ようやく少しずつ落ち着きを見せはじめ、深く眠れる時間がほんの少し戻ってきました。
もちろん、まだ起き上がる瞬間は痛いし、身体は思うように動きません。
それでも、心の中にはほんの少しだけ「余白」のようなものが生まれてきていて、あの張りつめた日々から、確かに一歩ずつ前へ進んでいるのだと感じています。
※本記事はプロモーションを含みます。
院内フリーの許可。小さな世界が少し広がった日
この日は、私にとって小さくて大きな変化がありました。
主治医から、ついに「歩行フリー」の許可が出たのです。
それまでは、病室内やトイレまでといった限られた範囲しか動けませんでした。
けれどこの日からは、院内を自由に歩いてよくて、一階のコンビニにも自分で行っていいと言われました。
その言葉を聞いた瞬間、素直に嬉しかったです。
けれど同時に、冷静になって考えてみると、病室から一階のコンビニまでの距離は、今の私にとって決して短いものではありませんでした。
ほんの少し前まで、ベッドから起き上がることすら一苦労だった身体。
その状態で病棟を出て、エレベーターに乗って、一階まで行く。
それはもう、私にとっては立派な「小さな冒険」でした。
以前の自分なら何気なく歩いていた距離が、今はこんなにも遠く感じる。
そして同時に、そんな何気ない日常が、どれだけありがたいものだったのかを、あらためて思い知らされました。
焦らなくていい。
無理に元に戻ろうとしなくてもいい。
私は私のペースで、ひとつずつできることを増やしていけばいい。
そう思えたのは、この「歩いていいですよ」という許可が、ただの移動範囲の拡大ではなく、“少しずつ日常に戻っていく許可”のように感じられたからかもしれません。
左のドレーンとの突然の別れ
そんな少し前向きな気持ちになれた日の午後、思いがけないプチハプニングが起きました。
左側に入っていたドレーンから、なんとなく体液が漏れている気がして、看護師さんに見てもらったのです。
すると、なんとその管が、体から20cm以上も外へ滑り出してしまっていました。
「えっ……そんなことあるの?」
自分でも驚きましたし、見た瞬間は少しぞっとしました。
けれど、看護師さんも先生も落ち着いていて、状況をすぐに説明してくれました。
一度体の外に出てしまったドレーンは、再び中へ戻すことができません。
感染のリスクがあるため、そのまま抜くしかないとのことでした。
正直、その瞬間に頭をよぎったのはひとつです。
「……痛いのかな」
あれだけ深く刺さっていたものを抜くなんて、想像しただけで身構えてしまいます。
けれど、実際に抜いてみると、思っていたほどの痛みや気分の悪さはなく、意外なほどするりと終わりました。
まだ少し体液が滲んでいたので、その部分はガーゼで保護。
これで身体につながる管は、右側の2本だけになりました。
たった1本減っただけなのに、身体も気持ちも、ほんの少し軽くなった気がしました。
こうして振り返ると、入院中の毎日は、派手な出来事があるわけではなくても、小さな変化の積み重ねでできていたのだと思います。
歩けるようになること。
管が1本減ること。
少し眠れるようになること。
そんなひとつひとつが、その時の私には、ちゃんと「前進」でした。
「明日、退院していいですよ」突然すぎた一言
そして、術後12日目の朝。
私の想像を遥かに超える出来事が起きました。
この日の診察で、右側に残っていた2本のドレーンも無事に抜け、ついに身体からすべての管が外れました。
それだけでもかなりの解放感だったのですが、その直後に先生がさらっと言ったのです。
「経過がとても順調ですね。明日、退院してもいいですよ」
……え?
えええええ!?
一瞬、言葉の意味が理解できませんでした。
退院。
しかも、明日。
私はこの手術を受ける前、自分なりにかなり調べていました。
ネットや本で見ても、この規模の手術であれば、術後2〜3週間ほど入院するケースが一般的だと思っていたのです。
だから私は、早くてもあと1週間。
もしかしたら2週間くらいは病院生活が続くかもしれない、と覚悟していました。
それなのに、先生から告げられたのは、想像していたよりずっと早い「帰っていい」の言葉。
嬉しいはずなのに、あまりにも突然すぎて、最初に湧いた感情は喜びよりも驚きでした。
先生によると、手術の内容も術後の経過も非常に順調で、傷口の状態もかなりきれいとのこと。
最短で手術が終わり、最短で退院できる流れになったのだそうです。
あの大手術から、まだ2週間も経っていない。
あんなに苦しくて、長くて、出口が見えないように思えた時間の先に、こんなふうに「帰れる日」が来るなんて、あの時の私は思ってもいませんでした。
人生って、本当にわからないものです。
良くも悪くも、思い通りにはいかない。
でも時々、思ってもいなかった形で、救われることもあるのだと知りました。
術後初めてのシャワー。傷跡と向き合った時間
退院が決まったその日、私は術後初めてシャワーを浴びることができました。
あたたかいお湯が身体に触れた瞬間、思わずほっと息が漏れました。
病院で過ごす時間の中で、こういう「当たり前」のことが、こんなにもありがたく感じるなんて思っていませんでした。
けれど、そのシャワーの時間は、ただ気持ちがいいだけの時間ではありませんでした。
お湯を浴びながら、私はあらためて、自分の身体と向き合うことになったのです。
再建した胸。
まだ見慣れない形。
そして、目に映る大きな傷跡。
ネットで調べていた情報では、ここから半年ほどかけて組織が少しずつ馴染み、やわらかさや丸みが出てきて、今より自然な形へ近づいていくとのことでした。
頭では理解していても、実際に自分の身体を見ると、やっぱり心は簡単には追いつきません。
「これが今の私なんだ」
そう受け止めようとしても、ふとした瞬間に切なさがこみ上げてきます。
以前の身体とは違う。
手術前の自分には、もう戻れない。
その現実が、静かに、でも確かに胸の奥へ入ってきました。
けれど同時に、こうも思いました。
これは、私が生き抜いた証でもあるのだと。
何も失わずに済んだわけではない。
痛みも、不安も、葛藤も、たくさんありました。
それでも私はここまで来た。
ここまで生きてきた。
そう思えたとき、傷跡を「見たくないもの」ではなく、自分の人生の一部として受け止めていこうという気持ちが、少しだけ芽生えた気がしました。
1年がかりで目指す、私の「最終形態」
この日、これからの再建についても、より具体的な流れが見えてきました。
私が通っている大学病院では、今後のステップとして、半年後に太ももの皮膚を移植して乳輪をつくり、そのさらに半年後に乳首の再建を行う予定だそうです。
つまり、ここで終わりではなく、まだこの先にも治療の道のりは続いていきます。
最終的な完成までは、およそ1年。
正直に言えば、短い道のりではありません。
「やっと終わった」と思いたい気持ちがまったくないわけではないし、もう十分頑張ったと思いたくなる瞬間もあります。
それでも私は、この先にある自分の「最終形態」を、ちゃんと見てみたいと思いました。
焦らなくていい。
一気に完成しなくていい。
少しずつ、少しずつ、自分の身体と心を整えながら進んでいけばいい。
以前とまったく同じには戻れなくても、これからの私なりの「自分らしさ」を、また新しく作っていけばいいのだと思っています。
Rino’s Choice|退院後の毎日を少しやさしくしてくれるもの
退院が決まると、嬉しさと同時に現実も一気に近づいてきます。
「家に帰ったら、どうやって過ごそう」
「着替えは大丈夫かな」
「夜、寒くないかな」
そんなふうに、病院にいる間は後回しにしていた“小さな不安”が、少しずつ輪郭を持ち始めました。
術後の身体は、自分で思っている以上に繊細です。
ほんの少しの「ラク」が、その日の気持ちをかなり左右することもあります。
ここでは、退院後の生活の中で、こういうものがあると少し助けになるかもしれない、と感じるものをやさしくご紹介します。
前開きブラトップ|着替えの負担を少し軽くしてくれるもの
術後しばらくは、腕を大きく上げたり、上から服をかぶる動作が思っている以上につらいことがあります。
そんな時に助かるのが、前開きタイプのブラトップやインナーです。
「着替える」という日常の動作がラクになるだけで、気持ちまで少しほっとすることがあります。
退院直後は、見た目のおしゃれさよりも、まずは身体に負担をかけないことを優先してあげるのが大切だと感じました。
前開きパジャマ|夜の不安をやわらげるやさしい味方
入院中も退院後も、夜はどうしても不安が強くなりやすい時間です。
傷の違和感、寝返りのしづらさ、ふとした瞬間の心細さ。
そんな夜に、肌あたりのやさしい前開きパジャマがあると、それだけで少し安心できることがあります。
身体に触れるものがやわらかいだけで、心まで少しほどけることがある。
これは、実際にしんどい時期を過ごしてみて、あらためて感じたことでした。
ブランケット|心まで包んでくれる、小さな安心感
術後や退院直後は、体温調整がうまくいかなかったり、妙に寒さを感じたりすることがあります。
そんな時、すぐ手の届く場所にやわらかなブランケットがあるだけで、かなり救われることがあります。
身体を温めるためだけではなく、気持ちを落ち着かせるための“お守り”のような存在にもなってくれる気がします。
病気や手術を経験すると、心細さは想像以上に日常の中へ入り込んできます。
だからこそ、自分を少しでも心地よく保てるものを、遠慮なく味方につけていいのだと思います。
心が追いつかない時に。ひとりで抱え込まないという選択
退院が決まったとはいえ、心の中は「やっと終わった」だけではありませんでした。
むしろ、ここから本当の意味で日常へ戻っていくことに対する不安のほうが、大きかったかもしれません。
病院にいる間は、先生や看護師さんがいて、何かあればすぐに聞ける安心感があります。
でも、家に帰れば、そこからはまた自分の時間が始まります。
それは自由でもあるけれど、とても心細いことでもあります。
「無事に終わってよかった」
その気持ちの裏側には、言葉にしづらい戸惑いや、誰にも見せられない孤独感が、静かに残っていたりします。
鏡を見るたびに揺れる気持ち。
以前の自分との違いに、まだ心がついていけない感覚。
家族や周囲に心配をかけたくなくて、つい「大丈夫なふり」をしてしまう自分。
そんなふうに、自分の気持ちを後回しにしてしまうことは、決して珍しいことではないと思います。
でも、本当はそういう時こそ、自分の心の声をちゃんと聴いてあげる時間が必要なのかもしれません。
やさしく気持ちを整えたい時の選択肢
もし今、ひとりで抱え込んでしまっている想いがあるなら、専門家にそっと話してみるという選択肢もあります。
言葉にするだけで、心の中にぎゅっと詰まっていたものが、少しずつほどけていくことがあります。
誰かに「こう感じていいんだよ」と受け止めてもらえるだけで、明日を歩く力が、ほんの少し戻ってくることもあります。
▶︎ [PR] 国家資格(公認心理師)があなたの心に寄り添う|オンライン心理カウンセリング Kimochi
ひとりで抱え込まず、今のありのままの気持ちを、安心できる場所で言葉にしてみたい方へ。
退院の向こう側へ。自分をご機嫌にしながら生きていく
思いがけない早さで決まった退院。
嬉しいはずなのに、まだどこか気持ちが追いついていない自分もいます。
でも、もしかしたらゴルちゃんが、
「もう大丈夫。早くおうちに帰っておいで」
そうやって背中を押してくれているのかもしれない、そんなふうにも思いました。
明日からは、病院を離れて新しい日常が始まります。
きっと、退院したからといってすべてがすぐに元通りになるわけではありません。
ふとした瞬間に落ち込んだり、自分の姿に戸惑ったりする日もあると思います。
それでも私は、これから先の人生を、ただ「頑張る」だけで生きていくのではなく、できるだけ自分をご機嫌に保ちながら歩いていきたいと思っています。
病気と向き合うということは、何かを我慢し続けることではなく、
その中でも自分らしく、心地よく生きる方法を見つけていくことなのかもしれません。
生涯、この病と向き合っていく覚悟はできています。
怖さがなくなったわけではありません。
不安が消えたわけでもありません。
それでも、私は生きていく。
そして、自分の人生を、自分の手でちゃんと愛していきたい。
ゴルが教えてくれた命の尊さを胸に。
ここからまた、私なりの歩幅で進んでいこうと思います。
まとめ|最短の生還、その先で見つけたい「私らしい形」
今回の入院生活は、想像していたよりもずっと早く、大きな区切りを迎えることになりました。
術後の痛み、ドレーン生活、傷跡との対面。
どれも簡単なものではありませんでしたが、それでも私は、最短のスピードでここまで戻ってくることができました。
もちろん、これで全部が終わったわけではありません。
再建も、心の整理も、これからゆっくり続いていきます。
でも今は、「ここまで来られた」という事実を、静かに抱きしめていたいと思います。
以前と同じ形ではなくてもいい。
これからの私にとっての“最終形態”を、時間をかけて育てていけたら、それでいい。
そんなふうに思えたこと自体が、私にとってはもう、ひとつの生還なのかもしれません。
次回の記事へ
退院が決まり、ようやく帰れると思ったその先で、私を待っていたのは「安心」だけではありませんでした。
懐かしい我が家に戻った時、あらためて胸に押し寄せてきたのは、あまりにも大きな喪失感でした。
次回、第19話。
「懐かしい我が家。そして、ゴルがいない現実」
退院後に突きつけられた現実と、その時の率直な気持ちを綴ります。
▶︎ 次回の記事はこちら
※本記事は個人の体験をもとに綴っています。治療内容や回復の経過、感じ方には個人差があります。体調や治療に関するご不安がある場合は、必ず主治医や医療機関へご相談ください。
※掲載している商品・サービスは、あくまで一例としてご紹介しているものです。ご自身の体調や生活環境に合わせて、無理のない範囲でご検討ください。

