超未熟児体験談【第10話】520gまで減った我が子の体重。小さな命が教えてくれた、生きるための闘い

人生の軌跡と体験談

NICUのいちばん奥で、無数の管に繋がれた我が子。

初めて対面したその姿は、想像していた以上に小さく、あまりにも繊細で、触れることさえためらってしまうほどでした。

「頑張ったね、ありがとう……そして、ごめんね」

胸の中に溢れる言葉を、私は何度も喉の奥へ押し戻しました。

泣いてしまえば、この小さな命の前で自分が崩れてしまいそうで。
でも実際には、すでに心はとっくに崩れかけていたのだと思います。

我が子は、こんなにも小さな体で、今この瞬間も必死に生きている。

その現実を目の前にした私は、ただただ立ち尽くすような気持ちで、その小さな鼓動を見つめることしかできませんでした。

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742gで生まれた我が子が、520gまで小さくなっていた

25週2日で生まれた我が子の出生体重は、742gでした。

数字だけ見ても十分に小さいのに、私がようやく面会できた頃には、さらに体重が減って520gほどになっていました。

その数字を聞いた瞬間、胸の奥がすっと冷えていくような感覚がありました。

「どうして……?」
「なぜ、こんなに減ってしまうの?」
「このまま、消えてしまうんじゃないか……」

やっと会えた我が子は、生まれた時よりもさらに小さくなっていたのです。

見た目にも、その変化ははっきりと伝わってきました。

ただでさえ小さいのに、その体はもっともっと細く、もっともっと儚く見えました。

「この子は本当にここに存在しているのに、あまりにも小さすぎて、今にもどこかへ溶けてしまいそう」

そんな怖さが、心の中をじわじわと支配していきました。

それは“悪いこと”ではなく、生きるために必要な経過だった

そんな私に、担当医の先生は静かに説明してくれました。

超未熟児の赤ちゃんにとって、この生理的な体重減少は、決して珍しいことではないのだと。

お腹の外に出た瞬間から、未熟な皮膚を通して水分が蒸発しやすいこと。

そして、まだ十分に完成していない消化管を無理に動かさず、今はとにかく「生きること」を最優先にしていること。

先生は、やさしく、でも現実的にこう話してくださいました。

「一度しっかり水分を絞ってから、ゆっくり増やしていくのが、この子にとって一番安全な経過なんですよ」

その言葉を聞いて、頭では少し理解できました。

あの子は今、「大きくなること」よりも先に、まず命をつなぎとめるために全力を尽くしている。

それは“後退”ではなく、むしろ“生きるための必死な準備”なのだと。

知識として知ることで、少しだけ心は落ち着きました。

でも――

どれだけ理屈で理解しても、母親としての不安が完全に消えることはありませんでした。

次に会う時、もっと小さくなっていたらどうしよう。
何か悪いことが起きていたらどうしよう。

そんなざわつきは、いつまでも胸の奥に残り続けていました。

「おめでとう」と言われない、静かな出産だった

出産といえば、本来は「おめでとう」と祝福される出来事のはずです。

でも、私の出産には、その言葉がありませんでした。

誰も悪くない。
きっと、そんな言葉をかけられる空気ではなかったのだと思います。

それほどまでに、目の前の命は不安定で、繊細で、ただ「無事でいてほしい」と願うしかない状況でした。

医師から伝えられた言葉も、今でも忘れられません。

「これから3ヶ月間は、いつ何があってもおかしくありません。その覚悟をしておいてください」

あまりにも重く、あまりにも冷たい現実でした。

でも、それが現場の本当の言葉だったのだと思います。

希望だけでは守れない世界があることを、私はこの時はじめて知りました。

本当なら、ひまわりの季節に会えるはずだった

本当なら、あの子が生まれてくるのは、もっとずっと先のことでした。

夏の光が強くなる頃。
ひまわりが咲いて、蝉の声が聞こえるような季節に、ようやく抱っこできるはずだった命。

それなのに、まだ春の冷たさが残る時期に、あの子の闘いは始まってしまった。

まだ外の世界に出てくる準備なんて、何ひとつ整っていなかったはずなのに。

そのことを思うたびに、胸の奥が痛みました。

この子は本来、もっと守られた場所にいるはずだったのに――。

そう思わずにはいられませんでした。

同じ病院にいるのに、我が子は遠かった

産後の私は、同じ病院の中に入院していました。

でも、だからといって、いつでも自由に会いに行けるわけではありませんでした。

むしろ同じ建物の中にいるからこそ、
「近いのに遠い」
という感覚が、よりつらく胸に刺さりました。

ほんの少し離れた場所に、我が子はいる。
でも私は、その子のそばにずっといられるわけではない。

泣いた時に抱っこしてあげることもできない。
不安そうな時に手を握ってあげることもできない。

母親なのに、何もしてあげられない。

その現実は、想像以上に苦しいものでした。

安易に聞くことさえ、ためらわれた毎日

「今日はどうですか?」
「順調ですか?」
「無事ですか?」

そんな当たり前のことさえ、気軽には聞けませんでした。

NICUの現場が、どれだけ緊張感のある場所なのかを目の当たりにしていたからです。

何かを尋ねるたびに、もし悪い知らせが返ってきたらどうしよう――。

そんな恐怖が、いつも心のどこかにありました。

そして同時に、上の子たちのことも頭から離れませんでした。

あの子たちは今、何を思っているだろう。
家族みんなで赤ちゃんの名前を呼んであげることすら、まだできていない。

「家族になったはずなのに、まだ一緒にいられない」

その現実が、静かに、でも深く私を苦しめていました。

それでもあの子は、生きようとしていた

そんな不安の中でも、我が子は確かに生きていました。

毎日毎日、生死の境を行き来するような状況の中で、あの子は小さな体で必死に呼吸をし、今日を生き抜こうとしていました。

あんなに細い腕で。
あんなに小さな胸で。
一体どこに、そんな力があるのだろうと思うほどでした。

私だったら、とっくに折れてしまいそうな状況の中で、あの子は黙って、生きることを諦めていませんでした。

その姿は、言葉よりもずっと強く、私の心を揺さぶりました。

何もできない自分に落ち込んでしまう時もありました。

母親なのに守ってあげられなかった。
そばにいてあげられない。
代わってあげることもできない。

そんな無力さに押しつぶされそうになるたびに、逆に私を立ち上がらせてくれたのは、我が子の「生きようとする姿」でした。

この子がこんなに頑張っているのだから、私も前を向かなくてはいけない。

そう思わせてくれたのは、紛れもなく、あの小さな命でした。

Rino’s Choice|退院後の未来を信じて、少しずつ揃えたもの

NICUに通う日々の中では、今すぐ必要ではないものもありました。

それでも、「いつかこの子と家で過ごせる日が来る」と信じるために、少しずつ揃えたものがあります。

未来の暮らしを思い描けるものは、不安でいっぱいの心に、そっと小さな灯りをともしてくれました。

ベビーベッド|“おうちで眠る日”を想像できる存在

病院の保育器の中にいる我が子を見ていると、「家のベッドで眠る日なんて、本当に来るのかな」と思ってしまうこともありました。

でも、ベビーベッドを選ぶ時間は、そんな不安の中でも少しだけ未来を信じられる時間でした。

安全性が高く、やさしい色味のものは、赤ちゃんだけでなく、見守る大人の心まで落ち着かせてくれる気がします。

おもちゃ|“遊べる日”を信じるための小さな希望

今はまだ遊べなくても、やわらかな音ややさしい色合いのおもちゃを見るだけで、「この子にも笑って遊ぶ時間がきっと来る」と思えました。

赤ちゃんの成長は本当にゆっくりかもしれない。
でも、その“いつか”を信じる気持ちは、親にとって大きな支えになります。

ベビーカー|“一緒に外を歩く日”を夢見て

ベビーカーを見るたびに思い浮かべていたのは、季節の風の中を一緒に歩く未来でした。

病院の中だけだった世界が、いつか外へ広がっていく。
その日を想像することは、希望を手放さないための大切な時間でもありました。

軽さや扱いやすさだけでなく、親の不安を少しでも減らしてくれる安心感のあるものは、長く心強い存在になります。

頑張り続ける心にも、寄りかかれる場所を

赤ちゃんの命と向き合う時間は、想像以上に心を削ります。

気を張っている間は何とか保てていても、ふとした瞬間に、張りつめていたものが崩れそうになることもありました。

そんな時、「誰かに少し話せる場所がある」ことの大切さを、私は何度も感じました。

カウンセリングという、心を整えるための選択肢

強くいなければいけない。
母親なんだから頑張らなきゃいけない。

そう思えば思うほど、自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあります。

でも、本当につらい時ほど、自分の心にもやさしくしてあげることが必要なのだと思います。

オンラインや気軽に相談できるカウンセリングのような存在は、気持ちを言葉にするだけでも少し呼吸をしやすくしてくれることがあります。

ベビープラネットの無料相談サービス|家族の未来を守る備えとして

赤ちゃんのことを考えるほど、「この先の暮らしをどう守っていくか」という現実的な不安も自然と大きくなっていきました。

そんな時に知っておくだけでも心強いのが、ベビープラネットの無料相談サービスです。

保険や家族の備えについて、今の暮らしやこれからに合った形を、専門の方と一緒に整理して考えられるのは、慌ただしい毎日の中ではとてもありがたいことだと感じます。

「今すぐ決める」ためではなく、
“知っておくことで少し安心できる”
そんな選択肢があることは、家族を守る小さな支えになるかもしれません。

520gの命が教えてくれた「生きること」の意味

520gという数字は、あまりにも小さく、あまりにも頼りなく見えます。

でも、その小さな体の中には、私たちが想像もできないほどの生命力が確かに宿っていました。

当たり前に息をすること。
今日を生きること。
明日を迎えること。

私たちが普段、何気なく過ごしている毎日の根っこには、本当はこんなにも尊くて、こんなにも必死な「生きる力」があるのだと、我が子は全身で教えてくれていたのだと思います。

まだ抱きしめることもできない。
まだ一緒に暮らすこともできない。

それでも、あの子は私の大切な我が子で、私はその母親でした。

距離はまだ遠い。
でも、心だけはずっと、あの子のそばにいたい。

そう願いながら、私はまた次の面会の日を待っていました。

次回予告|病院からの電話に怯え続けた日々

NICUに通い続ける毎日は、希望だけでできていたわけではありませんでした。

電話が鳴るたびに心臓が止まりそうになり、次々と告げられる聞き慣れない病名に、私は何度も立ち尽くしました。

次回は、「病院からの電話」に怯えながら過ごした、出口の見えない不安の日々について綴ります。

▶︎ 次回記事はこちら
超未熟児【第11話】重なる手術、失明の危機。小さな体で何度も死線を越えてくれた我が子


※本記事は筆者個人の体験談です。出産や治療の経過、感じ方には個人差があります。医療的な判断や不安がある場合は、必ず主治医や専門機関へご相談ください。

※掲載している商品・サービスは一例です。必要なものや選択肢は、ご自身やご家族の状況に合わせて無理のない範囲でご検討ください。

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