あの頃の私は、これまで味わったことのない種類の絶望の中にいました。
ゴールデン・レトリバーのゴルちゃんの体調に、なんとなく違和感を覚え始めてから約1か月。
何かがおかしい気がするのに、はっきりとした異変として掴みきれない。そんな、言葉にしづらい不安が、静かに続いていました。
病院にも通っていました。
その間、何度か不安に駆られて連絡をしたこともありました。
けれど返ってくるのは、
「もう少し様子を見ましょう」
という言葉でした。
もちろん、それが間違いだったと言いたいわけではありません。
でも当時の私は、胸の奥でずっと何かに引っかかっていました。
そしてある日、その違和感は、はっきりとした恐怖に変わります。
久しぶりにゴルちゃんの体を洗ってあげた時のことでした。
濡れた体に触れた私の指先が、これまで感じたことのない「骨」の感触に触れたのです。
首まわりが少し痩せた気はしていました。
でも、濡れた毛の奥から浮かび上がるその体つきは、想像していた以上に細く、頼りなく見えました。
その一方で、お腹だけが不自然にぽっこりと膨らんでいる。
その瞬間、胸の奥に冷たいものが走りました。
「何かがおかしい」
そう思った私は、翌日すぐにゴルちゃんを連れて病院へ向かいました。
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病院で告げられた、あまりにも残酷な言葉
その日、私が病院で聞くことになった言葉は、想像していたどんな不安よりも、ずっと残酷でした。
「末期がんです」
先生がその先のことを話してくださっていたのは覚えています。
今後の過ごし方。
緩和ケアのこと。
食事のこと。
残された時間をどう過ごしていくかという話。
でも、そのほとんどが頭に入ってきませんでした。
視界は涙でにじんで、ただ、言葉だけが遠くから聞こえてくるような感覚でした。
私はその少し前まで、
「また元気になって、あの弾けるような笑顔を見せてくれるかもしれない」
と、どこかで信じていました。
食べムラがある。
少し元気がない。
痩せてきた気がする。
そういう変化は、日常の中に紛れてしまいやすいものです。
だからこそ、それがまさか「末期がん」という現実につながっているなんて、簡単には結びつけられませんでした。
まるで、何気ない日常の足元が、ある日突然ごっそりと崩れ落ちたような気持ちでした。
私もがん、愛犬もがん――重なってしまった運命
あの診断が、より苦しかった理由があります。
それは、私自身もまた、がんを抱えていたことでした。
ちょうどその頃、私は自分の治療と向き合っていて、来月から約1か月の入院も決まっていました。
ただでさえ、自分のことで心も体もいっぱいいっぱいだった時期です。
そんな中で、今度は大切な愛犬に「末期がん」という現実が突きつけられた。
なぜ今なのだろう。
どうしてこんなに重なるのだろう。
そう思わずにはいられませんでした。
自分がいちばんそばにいてあげたい時に、入院で離れなければいけない。
いちばん不安で、いちばん寄り添ってあげたい時に、思うように一緒にいられない。
その現実が、悔しくて、苦しくて、どうしようもありませんでした。
「私が退院するまで、どうか待っていて」
何度、心の中でそう願ったかわかりません。
退院したら、今度は私がちゃんとそばにいる。
たくさん撫でて、たくさん話しかけて、できる限りの緩和ケアをしてあげる。
そう思っていました。
でも現実は、そんなふうに都合よく待ってくれるものではありませんでした。
ゴルちゃんに残された時間は、私たちが想像していたよりも、ずっと短かったのです。
子犬の頃から抱えていた、片側性停留精巣というリスク
実はゴルちゃんには、子犬の頃からひとつのリスクがありました。
それが、片側性停留精巣です。
精巣が正常な位置まで降りてこない状態で、獣医師からは当時、将来的ながん化リスクについても説明を受けていました。
その時に言われていたのは、
- 正常な精巣に比べて、がん化リスクが高くなること
- 年齢を重ねる中で、腫瘍が見つかる可能性があること
だからこそ、本来であれば去勢手術も視野に入れていました。
いつかそのリスクと向き合う日が来るかもしれない。
そういう意味での「覚悟」は、頭のどこかにはありました。
でも――
まさか、こんなにも早いとは思っていませんでした。
まだ3歳11か月。
もうすぐ4歳になるところでした。
大型犬は寿命が短いとよく言われます。
それでも、まだ若い。まだ早すぎる。まだ、こんなに早く別れを意識しなければいけない年齢ではないはずでした。
覚悟していたつもりだったことと、実際にその現実を突きつけられることは、まったく別物でした。
わかっていたつもりでも、心はまったく追いつきませんでした。
弱っていく姿を前に、何もできない自分が苦しかった
診断がついてからの日々は、穏やかでありながら、どこかずっと張りつめていました。
今日は昨日より少し元気そう。
今日は少ししんどそう。
そんな小さな変化に、心が大きく揺れる毎日でした。
愛犬の病気は、何か大きな出来事が起きる瞬間だけがつらいのではありません。
むしろ、本当に苦しいのは、
少しずつ、少しずつ、変わっていく姿を見つめ続ける時間なのかもしれません。
以前なら当たり前だったことが、ひとつずつできなくなっていく。
食べられたものが食べられなくなる。
元気に歩いていた足取りが、どこか頼りなくなっていく。
そのたびに、私は何度も「代わってあげたい」と思いました。
でも、代わってあげることはできない。
そばにいることしかできない。
撫でることしかできない。
見守ることしかできない。
その無力さが、本当に苦しかったです。
「生きていてほしい」と「もう頑張らなくていい」が共存していた
あの頃の私の中には、いつも二つの気持ちがありました。
ひとつは、
どうか生きていてほしいという願い。
もうひとつは、
もしそんなに苦しいなら、もう無理しなくていいよという想い。
この二つは、どちらも本音でした。
どちらか一方だけではありませんでした。
本当は、私が退院するまで待っていてほしかった。
もう少しだけ、今まで通りの時間を一緒に過ごしたかった。
「大丈夫だったね」と笑い合える奇跡を、心のどこかで信じていたかった。
でも同時に、
もしゴルちゃんの体が、想像を超えるほど苦しいのなら――
それ以上、無理に頑張らせたくないとも思っていました。
愛しているからこそ、生きていてほしい。
愛しているからこそ、苦しませたくない。
その矛盾した想いが、毎日私の中でぶつかり合っていました。
正解なんて、最後までわかりませんでした。
今でもわかりません。
でもきっと、愛する存在を見送る時の気持ちは、きれいに一つにまとまるものではないのだと思います。
それでも、愛おしい瞬間は確かに残っていた
そんな日々の中でも、ゴルちゃんは時々、驚くほどいつも通りの姿を見せてくれました。
少し調子が良い日は、家の中をくるくると歩き回る。
こちらを見て、しっぽを小さくふる。
その表情があまりにも愛おしくて、病気のことを一瞬忘れてしまいそうになるほどでした。
まともな食事はだんだん受け付けなくなっていきましたが、
それでも、大好きだったチーズだけは、私の手から少しだけ食べてくれることがありました。
たった数口でも、うれしかった。
「食べてくれた」
その事実だけで、その日一日をなんとか支えられるような気持ちになることもありました。
私は何度も、ゴルちゃんに心の中で問いかけていました。
「今、どんな気持ちでいるの?」
「苦しくない?」
「少しでも、安心できている?」
もちろん、答えは返ってきません。
でも、だからこそ、もっと知りたいと思ってしまう。
もっと理解してあげたいと思ってしまう。
言葉を話せない存在を愛するというのは、きっとそういうことなのだと思います。
Rino’s Choice|弱っている愛犬との時間に、そっと寄り添ってくれたもの
愛犬の体調が不安定な時期は、特別なことよりも、毎日の「少し楽になるもの」がありがたく感じられます。
大きな病気の前では、どんなものも魔法のようにはならない。
それでも、暮らしの中でそっと助けてくれるものがあるだけで、飼い主の気持ちも少しだけ整うことがあります。
ここでは、わが家のように大型犬と暮らす中で、こういうものがあると少し支えになると感じやすいものを、やさしくご紹介します。
体をやさしく支える大型犬用クッション
体力が落ちてくると、寝る姿勢ひとつでも負担がかかりやすくなります。
床の硬さが気になる時や、少しでも楽な体勢で休んでほしい時に、体をやさしく支えてくれるクッションがあると安心です。
特に大型犬は体重があるぶん、関節や体の一部に負担がかかりやすいので、こうしたアイテムは「贅沢」ではなく、日々を少し穏やかにするためのやさしい備えだと感じます。
もしもの時にも助かる、大判トイレシーツ
体調を崩している時や、排泄のタイミングが不安定な時期には、トイレまわりの備えが本当に大切になります。
特に大型犬は一回の量も多いため、大判タイプのシーツがあると、こちらの気持ちにも少し余裕が生まれます。
急な変化に備えておけることは、飼い主にとっても大きな安心につながります。
少しでも食べてくれたらうれしい、やさしいごはん
食べムラが出てくると、「何なら食べてくれるのだろう」と毎日悩むようになります。
そんな時、香りややわらかさ、食べやすさに配慮されたごはんや補助的なフードを知っておくと、気持ちが少し救われることがあります。
全部を食べられなくても、ひと口でも口にしてくれることが、何よりうれしい時期があります。
「もっと知りたい」は、愛犬を想う気持ちのひとつ
病気と向き合う時間の中で、私は何度も思いました。
この子のことを、もっと深く知りたい。
どんな体質を持っていて、
どんな特性があって、
どんなことに弱くて、どんなことが好きなのか。
言葉を交わせないからこそ、
少しでも理解したいと思う気持ちは、自然と強くなっていきます。
それは「もっと早く知っていれば」という後悔にも似ているし、
「今からでも知れることがあるなら知りたい」という願いでもあるのだと思います。
愛犬との向き合い方を深める選択肢|わんマッチ
愛犬のルーツや特性を知ることが、これからの接し方や暮らし方のヒントになることもあります。
もちろん、検査や診断だけですべてがわかるわけではありません。
でも、「もっと理解したい」という気持ちに寄り添ってくれる選択肢があることは、飼い主にとってやさしい支えになることもあります。
愛犬の個性を、もっと深く知りたい方へ
病気を経験した子や、少し特別な背景を持つ子と暮らしていると、
「この子の本当の個性って何だろう」と考えることがあります。
そんな時、DNAから愛犬の特性を知るという方法もあります。
今すぐ何かが変わるわけではなくても、「知ること」がこれからの時間を少し豊かにしてくれるかもしれません。
今この瞬間のぬくもりだけは、離さないでいたかった
先のことを考えると、不安しかありませんでした。
私の入院。
ゴルちゃんの体調。
残された時間。
そして、その先に待っているかもしれない別れ。
光の見えない不安に押しつぶされそうになる日も、何度もありました。
それでも、今この瞬間にまだ触れられるぬくもりだけは、離したくないと思っていました。
撫でられること。
目が合うこと。
しっぽを小さく振ってくれること。
手から少しだけ食べてくれること。
そんな小さなことが、あまりにも尊くて、あまりにも切なかったです。
失うかもしれないと知った時、人はようやく、その存在の大きさを言葉にできるのかもしれません。
でも本当は、もっと前から、ずっと大切だった。
ずっと、私の心の大きな場所を占めていた。
だから私は、せめてこの時間だけは、ちゃんと抱きしめておきたいと思いました。
おわりに|この現実を、まだ受け止めきれないままで
3歳で告げられた末期がん。
その言葉はあまりにも重く、あまりにも早すぎて、私はすぐには受け止めることができませんでした。
私自身もがんと向き合っている最中に、愛犬まで同じ現実を背負うことになるなんて、想像したこともありませんでした。
でも、それでも、日々は進んでいきます。
苦しさの中にも、愛おしい瞬間はちゃんとある。
涙の中にも、ぬくもりは確かに残る。
だからこそ私は、この時間をちゃんと書いておきたいと思いました。
きれいごとでは済まない現実の中で、
それでも愛していたことを、
必死に一緒に生きたことを、
私は忘れたくないのです。
次回の記事へ
このあと、私たちに残された時間は、想像していた以上に早く流れていきました。
一緒にいられることが当たり前ではないと知った日々の中で、
私は何を感じ、何を後悔し、何を大切にしたのか。
▶︎ 大型犬との日々【第10話】愛犬の為に向き合った高額医療という現実
続きでは、ゴルちゃんと過ごしたその後の時間を、静かに綴っていきたいと思います。
この記事について
本記事は、わが家で実際に経験した出来事をもとに綴った個人の体験談です。
犬の病気や症状、治療経過には個体差があり、すべてのケースに当てはまるものではありません。
気になる症状がある場合や、体調の変化が見られる場合は、自己判断せず、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。
また、紹介している商品やサービスは、日々の暮らしの中で「こういう選択肢もある」と感じたものを、記事の流れに沿って掲載しています。
愛犬の状態やご家庭の環境に合わせて、無理のない範囲でご検討ください。

