大型犬との日々【第10話】入院直前に選んだ道。愛犬のために向き合った高額医療という現実

愛犬との日々

ゴールデンの愛犬に、末期がんの宣告を受けてから、数日が経とうとしていました。

最初は、このまま住み慣れた家で、できるだけ穏やかに過ごさせてあげよう。
そう思っていたはずでした。

けれど、日によっては少し調子が良さそうに見える瞬間もあって。
そのたびに、どうしても胸の奥で小さな期待が生まれてしまうのです。

――本当に、もう末期なのだろうか。
もしかしたら、何か別の病気なのではないか。

そんな淡い希望を、何度も打ち消しては、また拾い上げるような日々でした。

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仲良しだったふたりを、離して過ごさせるしかなかった日々

この頃のゴルは、もう以前のように散歩へは行けませんでした。

遠くまで歩くことはできず、家の庭をゆっくり、くるくると回るだけ。
それでも、数分だけでも外へ出たいと訴える姿が、たまらなく愛おしかったのを覚えています。

ほんの少し風に当たるだけで、気持ちが違ったのかもしれません。
短い時間でも、その子にとっては「生きている時間」そのものだったように思います。

そして、そんなゴルのそばには、いつももう一頭の愛犬・バニがいました。

バニはとても賢くて、空気を読む子です。
きっと、今までとは何かが違うことを、ちゃんと感じ取っていたのだと思います。

元気だった頃のふたりは、本当に仲良しでした。

激しくじゃれ合って遊んで、疲れたらぴったり寄り添って眠る。
血のつながりがなくても、本当の兄弟のような関係でした。

だからこそ、今のゴルの体には、そのいつもの距離感すら負担になってしまう。
それが、どうしようもなく切なかったです。

気配だけでも届く場所にいたかった

一緒の空間にいさせてあげたい。
でも、それがゴルの体には苦しい。

悩んだ末に、ふたりを別々の部屋で過ごさせることにしました。

ただ、完全に引き離してしまうのは、どうしてもできませんでした。

せめて声や気配だけでも届くように。
扉越しにお互いの存在を感じられる距離に、それぞれの居場所を作りました。

それが正解だったのか、今でもわかりません。

でもあの時の私は、ふたりの心が完全に離れてしまわないように、できる限りのことをしたかったのです。

自分の体調が悪いゴルは、静かに横になっている時間が増えていました。
一方でバニは、大好きな相棒といつものように一緒にいられないことが寂しくて、よく鳴いていました。

その声を聞くたびに、胸がぎゅっと締めつけられました。

「どうして一緒にいられないの?」
そう聞かれているようで、苦しかったです。

最近では、その鳴き声すら少なくなってきました。

でもそれは、慣れたからではなく、受け入れ始めてしまったからなのかもしれない。
そう思うと、また違う痛みがありました。

ゴルのいない広くなった部屋で、ひとり静かに過ごしているバニの姿を見るたびに、心のどこかが少しずつ削られていくようでした。

良かれと思って兄弟のように育ててきたけれど、これは人間のエゴだったのだろうか。
そんなことまで考えてしまうほど、あの頃の私は弱っていました。

「このままでいいのかな」と揺れ始めた気持ち

本当は、もう家で静かに看取ろうと決めていたんです。

痛い思いをこれ以上させたくない。
怖い検査や慣れない場所で、最後の時間を奪いたくない。

そう思っていたはずでした。

でも、日が経つにつれて、その気持ちは少しずつ揺らいでいきました。

なぜなら、完全に寝たきりではなかったからです。

苦しそうな日もあるのに、時折ふっと表情がやわらぐ瞬間がある。
少しだけ歩ける日がある。
こちらを見て、まだちゃんと反応してくれる。

そんな姿を見るたびに、どうしても思ってしまうのです。

――まだ、何かできることがあるんじゃないか。
――本当に、このまま諦めてしまっていいのだろうか。

そして私は、もう一度かかりつけの獣医さんに相談しました。

先生のひと言で、止まっていた気持ちが動き出した

そのとき、先生が言ってくれたのはこんな言葉でした。

「今、少しでも動けるうちに、大学病院でしっかり診てもらってはどうか」

そのひと言が、ずっと迷っていた私の心を大きく動かしました。

日に日に弱っていく体。
お腹から聞こえてくる、痛々しい“ぎゅるぎゅる”という音。
見ているだけで苦しくなるような、小さな変化の積み重ね。

それに加えて、私自身も来月から1か月の入院が決まっていました。

私が家を空ける前に、今の私にできることを、できる限りしてあげたい。
その思いが、日に日に強くなっていったのです。

紹介されたのは、自宅から車で2時間ほどかかる動物専門の大学病院でした。

ただ、現実はとても厳しいものでした。

診察だけでもおよそ5万円。
CT検査になれば、10万〜20万円ほどかかる可能性があると言われました。

その金額を聞いた瞬間、正直、頭が真っ白になりました。

今の私にとって、それは簡単に「お願いします」と言える金額ではありませんでした。

それでも、心の中で何度も同じ問いが浮かびました。

このまま何もせず、ただ死を待つだけで本当にいいのか。
まだ若いこの子に、それはあまりにも残酷じゃないのか。

お金の不安も、現実の厳しさも、全部ちゃんとわかっていました。
でも、それでもなお、「知りたい」という気持ちが勝ってしまったのです。

入院前、残されたわずかな時間の中で

私には、もう時間がありませんでした。

自分の入院まで、あとわずか。
その前に予約が取れなければ、もう間に合わないかもしれない。

そんな気持ちで、祈るように大学病院へ連絡を取りました。

すると、奇跡のように予約の空きがあったのです。

それは、私が入院するほんの数日前でした。

あまりにも出来すぎていて、逆に怖いくらいでした。
でも同時に、「今行くべきなんだ」と背中を押されたような気もしました。

結果がどうであれ、ちゃんと受け止めたい。
ただ漠然と死を待つのではなく、今この子の体の中で何が起きているのかを、きちんと知りたい。

それが、あの時の私の正直な気持ちでした。

そして、もしほんの少しでも望みがあるのなら。
もし、痛みを減らしてあげられる方法があるのなら。

最後まで、何かひとつでもしてあげたかったのです。

私が入院して離ればなれになる前に、事実と向き合う覚悟を決めました。

ゴルと、バニと、そして私。
今にも切れてしまいそうな細い糸のような日々の中で、それでも必死に、家族としての時間をつなぎ止めていたように思います。

Rino’s Choice|しんどい時期に、少しだけ助けられたもの

こういう時期は、何をしても気持ちが追いつかなくて、正解なんてわからなくなります。

それでも、毎日のケアの中で「これがあって少し助かった」と感じるものがあると、飼い主側の心と体も少しだけ持ち直せることがあります。

ここでは、そんな時期に自然と手に取りやすかったものを、やさしく残しておこうと思います。

大判トイレシーツ|急な体調変化にも対応しやすい安心感

体調が不安定な時期は、排泄のタイミングや量がいつも通りではなくなることがあります。

そんな時、大判のトイレシーツがあると、敷く場所の自由度が高くて本当に助かりました。

寝床の近くに広めに敷いたり、車移動の時に使ったり、もしもの時のために何枚か手元に置いておくだけでも気持ちが違います。

「汚れてしまったらどうしよう」という不安が少し減るだけでも、こちらの余裕は変わってくるんですよね。

犬用タオルケット|弱った体をやさしく包むために

体調を崩している時は、普段よりも体温調整が難しくなることがあります。

そんな時に、ふわっと軽くかけてあげられる犬用のタオルケットは、とても使いやすい存在でした。

厚すぎず、重すぎず、でも少し守られているような安心感がある。
それだけで、見ているこちらの気持ちまで少し落ち着くことがあります。

病気の時期って、どうしても「治療」や「検査」に意識が向きがちだけれど、こういう小さな心地よさも、とても大切だったなと思います。

栄養補助食|食べられる時に、少しでも力になってくれるもの

食欲が落ちてくると、「何でもいいから少しでも食べてほしい」と願うようになります。

そんな時に、口当たりがよく、少量でも栄養を補いやすい補助食があると、気持ちの支えになることがあります。

もちろん、体調や病気の内容によって合う・合わないはあるので、獣医師さんに相談しながら選ぶことが前提ですが、選択肢を知っているだけでも安心につながりました。

「今日はひと口だけでも食べられた」
そんな小さな出来事が、どれだけうれしかったか、今でも忘れられません。

あの子をもっと知りたいと思った時に、救いになるもの

愛犬が病気になった時、私たちは何度も無力さを感じます。

どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう。
今、この子は何を感じているんだろう。
本当は、何をしてほしいんだろう。

言葉が通じないからこそ、知りたいことばかりが増えていく。

特に若いうちに重い病気を抱えてしまった時は、その子の体質やルーツを知ることが、これからの向き合い方のヒントになることもあります。

生まれ持った傾向や、体の特徴を知ること。
それは、これからのケアや暮らし方を考える上で、やさしい手がかりになってくれるかもしれません。

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「この子のことを、もっと深く知りたい」
そんな想いを持つ飼い主さんにとって、ひとつの選択肢になるサービスです。

病気の不安をすぐに消してくれるものではないけれど、愛犬の体質や特性を知ることが、これからの向き合い方を少しやさしくしてくれることもあります。

「言葉を話せないからこそ、もっと知りたい」
その気持ちもまた、ひとつの深い愛情の形なのだと思います。

あの日、私が選んだのは「何もしない後悔」を残さないこと

多額の費用。
自分自身の入院。
そして、愛犬の命が少しずつ削られていく現実。

不安は、ひとつではありませんでした。

むしろ、不安しかなかったと言ってもいいくらいです。

それでも私は、ゴルのために動くことを選びました。

「知ること」は、ときに残酷です。

聞きたくなかった現実を、はっきりと突きつけられることもあります。
期待して行った先で、さらに苦しい答えを受け取るかもしれない。

それでも、何もしないまま時間だけが過ぎていくことの方が、私にはずっと怖かったのです。

あの時の私は、強かったわけではありません。
ただ、後悔だけはしたくなかった。

それだけでした。

そしてきっと、それだけで十分だったのだと思います。

次回へ|大学病院で知ることになった、現実と小さな奇跡

数日後、ついに大学病院での検査当日を迎えます。

そこで待っていたのは、想像以上に重い現実でした。
けれど同時に、ゴルが最後に見せてくれた、忘れられない小さな奇跡もありました。

あの日のことは、今でも静かに胸に残っています。

続きは、次の記事に綴っています。

▶ 次回の記事はこちら
大型犬との日々【第11話】余命宣告はあと数日。大学病院での「最期の答え」と、愛犬がくれた強さ

この記事について

この記事は、当時の出来事や感情をもとに綴った個人の体験談です。

ペットの病気や治療、食事、ケアの方法は、その子の状態や体質によって大きく異なります。
気になる症状や不安がある場合は、必ず信頼できる獣医師さんへご相談ください。

あの時の私と同じように、今、大切な家族のことで揺れている方がいたら。
この記録が、ほんの少しでも心のそばに寄り添えたらうれしいです。

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