乳がん体験談【第17話】生かされた命、鏡に映る新しい傷跡。愛犬の分まで歩き出す決意

人生の軌跡と体験談

15時間に及ぶ大手術から、5日が経ちました。

あれほど激しかった痛みも、ようやく少しずつ、波が引くようにやわらいできています。

もちろん、もう大丈夫と言えるほどではありません。身体のあちこちに残る鈍い痛みは、まだ私を現実に引き戻します。

それでも、ほんの少し前まで「ただ耐えること」しかできなかった時間から考えると、今日はたしかに“進んだ日”でした。

入院生活の中で迎えた、小さくて、大きな一歩。

今日は、術後の身体で歩き始めたこと、看護師さんのやさしさに救われたこと、そして初めて目にした再建後の胸に流れた涙について綴りたいと思います。

※本記事はプロモーションを含みます。

歩くことが、こんなにも大きな試練になるなんて

ついに、点滴の管と尿の管が外れました。

ずっと横になっていた世界から、まずは座ること。そして立つこと。さらに、自力でトイレまで歩くリハビリが始まりました。

健康なときには当たり前だった「歩く」という動作が、今の私には新しい試練でした。

ほんの一歩でも、身体の奥に鈍い痛みが響く。

立ち上がるだけでも、体の重さをこんなに強く感じるものなのかと驚くほどでした。

それでも、痛み止めを使いながら、亀のような歩みでも前へ進みたいと思いました。

止まったままでいることは、身体にも心にも、どこか苦しかったからです。

身体にはまだ3本のドレーンがつながっていました。体液を外に出すためのその管たちは、今の私にとっては少し厄介で、でも必要な“相棒”のような存在でした。

自由に動けないもどかしさはあっても、この管があるからこそ回復へ向かえている。そう思いながら、私は一歩ずつ、自分の身体を前へ運んでいました。

装置が外れていくたび、少しずつ戻ってくる感覚

翌日には、小型の心電図も外れました。

これが外れたことは、思っていた以上に大きな意味がありました。

実は私は喘息持ちで、安静にしていても酸素濃度が少し低めに出ることがあります。

そのため、トイレに立っただけでもアラームが鳴ってしまい、そのたびに看護師さんたちが「大丈夫!?」と駆けつけてくれることがありました。

もちろん、ありがたいことです。

けれどその一方で、忙しい中を何度も来ていただくことに、申し訳なさでいっぱいになる自分もいました。

「私は大丈夫です」

そう伝えながらも、本当は“大丈夫でいたい”という気持ちも含まれていたように思います。

装置がひとつ外れただけで、気持ちが少し軽くなる。

監視される感覚がなくなって、自分の呼吸やペースを、ようやく少し取り戻せたような気がしました。

咳も少しずつ落ち着き、腰の痛みもやわらぎつつあることが、何よりの救いでした。

洗えない髪が重くしていた、心の停滞

この頃の私にとって、実はいちばんつらかったことのひとつが「シャワーを浴びられないこと」でした。

身体はタオルで拭いて着替えていても、術後から一度も洗えていない髪のベタつきが、思っている以上に気持ちを重くしていました。

痛みや不自由さだけでも精いっぱいなのに、そこへ“清潔にできない不快感”が重なると、心まで停滞していくようでした。

早くお湯を浴びて、このまとわりつくような空気まで洗い流したい。

そんなもどかしさを抱えながら過ごしていたある日の午後、看護師さんがやさしく声をかけてくれました。

「髪、洗いましょうか?」

そのひと言が、どれほど嬉しかったか、今でもよく覚えています。

看護師さんに洗ってもらった髪と、ほどけていく気持ち

まだ自分ひとりでは思うように動けない私のために、看護師さんがシャワー室で丁寧に髪を洗ってくれました。

指先から伝わるお湯のあたたかさ。

泡と一緒に汚れが流れていく感覚。

ずっと身体と心にのしかかっていた重たさが、少しずつほどけていくようでした。

特別なことではないのかもしれません。

でも、思うように動けない時期の「髪を洗える」ということは、想像以上に大きな救いでした。

清潔になったというだけではなく、“自分を取り戻せた”ような感覚があったのです。

身体はまだ自由ではない。

それでも、髪が軽くなっただけで、沈んでいた気持ちまで少し明るくなる。

そんなことがあるのだと、私はあの日、身をもって知りました。

看護師さんの何気ないやさしさに、ただただありがたくて、涙が出そうになるほどでした。

Rino’s Choice|入院中に「少し救われた」と感じたもの

入院中は、ほんの小さな心地よさが、想像以上に気持ちを支えてくれることがあります。

痛みや不自由さをなくすことはできなくても、「少し楽」「少し落ち着く」と思えるものがそばにあるだけで、過ごし方が変わることもありました。

ここでは、入院中の時間にやさしく寄り添ってくれそうなものを、体験の流れに沿ってご紹介します。

身体を預けやすいクッション

術後の身体は、想像以上に“ちょうどいい姿勢”が見つかりにくくなります。

少し身体を起こしたいのに苦しい、腕の位置が落ち着かない、腰や背中に負担がかかる。そんな小さなつらさが積み重なると、それだけで疲れてしまいます。

そんなとき、身体をそっと支えてくれるクッションがあると、とても助かります。

背中にあてたり、腕の下に挟んだり、少し横向きになるときの支えにしたりと、ひとつあるだけで使い道が多く、術後の微妙な不快感をやわらげてくれます。

入院中は「完璧に楽になる」ことよりも、「少しでもつらさを減らす」ことの積み重ねが大切でした。そういう意味でも、やわらかすぎず、でも身体を受け止めてくれるクッションは、静かな支えになってくれる存在だと思います。

包まれるだけでほっとするタオルケット

病院の中では室温が保たれていても、術後の身体はいつも以上に冷えやすかったり、逆に落ち着かなかったりします。

そんなとき、ふんわりと身体にかけられるタオルケットがあるだけで、気持ちまで少しやわらぎます。

特に入院中は、環境が変わっていること自体がストレスになりやすいものです。だからこそ、肌に触れるものがやさしいことは、それだけで安心につながります。

重すぎず、扱いやすいタオルケットなら、ベッドの上でも使いやすく、冷え対策としても、休むときの心の落ち着きとしても役立ちます。

病院の備えがあるとしても、自分にとって心地いい肌ざわりのものがひとつあるだけで、つらい時間の中にほんの少し“自分のための感覚”を取り戻せるように感じました。

自分をいたわる時間になるスキンケアセット

入院中や術後は、肌も気持ちも想像以上に敏感になります。

乾燥が気になったり、顔色を見るのがつらくなったり、ほんの少しのことでも心が揺れやすくなる時期です。

そんなとき、低刺激でやさしく使えるスキンケアセットがあると、ケアの時間そのものが“自分をいたわる時間”に変わってくれます。

洗顔後や眠る前に、手のひらでそっと整える。その短い時間だけでも、「今日もなんとかここまで来た」と、自分に声をかけるような気持ちになれることがあります。

荷物はできるだけ増やしたくない入院中だからこそ、必要なケアがひとつにまとまったセットは使いやすく、心の負担も減らしてくれます。

きれいになるためというより、消耗している自分をやさしく守るために。そんな感覚で持っておくと、思っている以上に助けられるアイテムでした。

初めて見た再建後の胸と、言葉にならない涙

手術から7日が経過した朝のことでした。

身体には、強い打撲のような、あるいは激しい筋肉痛のような、鈍い痛みが残っていました。

特に首の下あたりに広がる重たい痛みは、何をしていても私を現実へ引き戻しました。

そしてその日、私は初めて、ベッド越しに再建された右胸をしっかりと見ました。

期待しすぎてはいけない。

そう自分に言い聞かせていたので、目に映った姿は、ある意味で想定の範囲内だったのかもしれません。

えぐれてしまった部分に脂肪を足したような感覚。たしかに以前とは違う。けれど、何もなかったわけではなく、そこには“再建された現実”がありました。

ただ、そこに刻まれた傷跡は、想像していた以上に大きく、生々しいものでした。

その瞬間、自分でもよくわからないまま、頬を涙が伝っていました。

悲しいのか。怖いのか。圧倒されたのか。

どの言葉を当てても少し違うような、説明のつかない感情でした。

でも、言葉にできないからこそ、その涙にはきっと意味があったのだと思います。

関連リンク|愛犬ゴルとの日々を綴った記録

今回の記事の中で何度も登場している愛犬・ゴルとの時間については、別の記事でも少しずつ綴っています。

あの子と過ごした日々が、今の私の心をどれほど支えてくれているのか。その背景もあわせて読んでいただけると、この時期の私の気持ちが、より自然に伝わるかもしれません。

大型犬との日々|愛犬ゴルとの全記録はこちらから

ゴルが生きられなかった時間を、私が生きていく

今の私の心を、いちばん強く占めているのは、やはりゴルの死です。

自分は15時間もの手術を受け、こうして生かされている。

長生きを強く望んでいたわけではないのに、なぜ私はここにいて、あの子はいないのだろう。

そんな思いが、何度も胸の奥に浮かびました。

ゴールデンレトリバーのゴル。わずか4歳と3日の生涯。

あの子が生きたかったはずの、これから先のまぶしい時間。

それを今度は、私が背負って生きていこう。

そう思いました。

子宮を全摘し、胸にも大きな傷跡が残った今の私は、世間が言う“女性らしさ”からは少し離れた姿なのかもしれません。

けれど、それでもいいと思いたいのです。

誰かの基準ではなく、自分なりの生きる価値を、これからもう一度見つめ直していきたい。

ゴルが教えてくれた「生きる意志」を胸に、私はこれからも、この命と向き合っていこうと思います。

ひとりで抱え込みすぎないために、心を預けられる場所

病気のことだけでも精いっぱいなのに、大切な存在との別れまで重なると、心は思っている以上に傷んでいきます。

それでも日々は進んでいくから、「自分がしっかりしないと」と無理をしてしまうこともあるかもしれません。

でも、本当に苦しいときほど、気持ちを誰かに受け止めてもらうことは大切だと感じます。

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国家資格を持つ公認心理師が在籍しているため、深い悲しみや喪失感、術後の心の揺れも、否定せずに静かに受け止めてもらえます。

「まだうまく話せない」「まとまっていない」そんな状態でも大丈夫です。今のままの気持ちを少しずつ言葉にしていくことで、凍りついていた心がやわらぎ始めることもあります。

病室や自宅から、スマホひとつで相談できるのも、心身ともに余裕がない時期には大きな安心だと思います。

ひとりで抱え込んでしまう前に、こういう場所があることを知っておくだけでも、少し気持ちが違ってくるかもしれません。

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これからの暮らしを考える、保険の見直しという備え

病気を経験すると、体のことだけではなく、治療費やその後の生活、お金のことにも目を向けるようになります。

入院や手術は、想像していた以上に細かな出費が重なりますし、これからの暮らし方まで考えると、不安が広がってしまうこともあります。

そんなときに感じるのは、元気なうちに備えを見直しておく大切さです。

もちろん、保険は人によって必要な内容が大きく違います。だからこそ、一度落ち着いて相談できる窓口を知っておくことには意味があります。

今すぐ何かを決めるためではなくても、「こういう選択肢もある」と知っておくだけで、気持ちが少し整うこともあります。

これから先の暮らしを守るために、無理のない形で備えを見直していくことも、ひとつのやさしい準備なのだと思います。

まとめ|新しい傷跡を見つめながら、私はまた歩き始める

術後5日目に始まったリハビリ。

やっと洗えた髪。初めて見た再建後の胸。そして、そこに流れた涙。

今日という一日は、身体の回復だけではなく、心の中でも大きく何かが動いた日でした。

歩くことは痛い。傷跡を見るのもつらい。

それでも、私は少しずつ前へ進んでいます。

生かされたこの命を、どう生きていくのか。

その問いの答えはまだ全部見つかっていません。

でも、ゴルが生きられなかった時間を、私なりに大切に歩いていきたい。そう思えたことが、今の私にとっては大きな支えです。

傷は残っても、失ったものが戻らなくても、それでも人はまた歩き出せる。

そんなことを、静かに感じた術後7日目の朝でした。

次回予告|自分らしく生きるための最終形態

次回、第18話では、ようやく叶った洗髪のこと、そして少しずつ進んでいくリハビリについて綴る予定です。

入院生活の中で、ほんの少しずつ“日常”に近づいていく感覚。その中で見えてきたことや、支えになった気持ちを、次回もやさしく残していけたらと思います。

続きも読んでいただけたらうれしいです。

▶︎ 次回の記事へ 想定外の退院宣告。最短の生還と、自分らしく生きるための最終形態

この記事について

※本記事は個人の体験談です。症状や治療内容、感じ方には個人差があります。

※医療や治療に関する判断は、必ず医師や医療機関にご相談ください。

※記事内でご紹介している商品・サービスは、体験や感じたことに基づいて掲載しており、特定の治療やサービスを推奨するものではありません。ご利用については、ご自身の体調や状況に合わせてご検討ください。

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