恋愛は、いつだってきれいごとだけでは語れません。
誰かを好きになることは、本来もっと自由で、もっとシンプルなはずなのに、現実の関係はそう簡単にはいかないものです。
その頃の彼の周りには、私以外にも何人かの女性がいました。
けれど不思議なことに、私はその中に「紛れている」ことに、どこか安堵していました。
特別になりたい気持ちがなかったわけではありません。
でも、誰か一人だけに強く求められすぎる関係よりも、少し距離があって、少し曖昧で、でも確かに繋がっている――そんな関係の方が、あの頃の私には心地よかったのです。
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独身同士の恋愛にありがちな、結婚への焦りや、未来を急かされるような空気。
「もっと会いたい」「もっと分かってほしい」と、知らず知らずのうちに大きくなっていく期待。
そうした重さに少し疲れていた女性たちが、彼の周りには集まっていたのかもしれません。
そしてきっと、私もその一人でした。
家庭がある彼だからこそ、私は安心できた
昔から私は、自分で思う以上に「危うさ」を持つ人に惹かれてしまうところがありました。
穏やかで誠実で、まっすぐに愛してくれる人よりも、どこか影があって、簡単には手に入らない人。
自分でも「幸せから遠ざかる選び方だな」と分かっていながら、なぜか心がそちらへ向いてしまうのです。
そんな私にとって、彼は一見すると最も“安心できない存在”のはずでした。
けれど、実際には真逆でした。
彼には家庭があり、守るべき場所がありました。
だからこそ、私たちの関係には最初から越えてはいけない線がありました。
その線は、ときに切なさにもなりましたが、同時に私を守ってくれる境界線でもあったのです。
彼は、何もかもを捨ててこちらに来る人ではない。
どこかへ行ってしまいそうでいて、実は簡単には動けない人でもある。
その「自由すぎない不自由さ」が、私にはかえって安心材料でした。
追いかけすぎなくていい。
未来を急がなくていい。
“普通の恋愛”の正解に、自分を無理やり当てはめなくていい。
そう思えたことが、当時の私にはとても大きかったのだと思います。
長く続く関係に必要だったのは、感情をぶつけないこと
どんなに長く続く関係でも、いつも同じ温度でいられるわけではありません。
会いたい日もあれば、少し距離を置きたい日もある。
言葉がほしい時もあれば、そっとしておいてほしい時もある。
人と人との関係には、必ず小さなズレが生まれます。
そして、長く続くかどうかは、そのズレが起きた時にどう向き合うかで決まるのだと、私はこの関係の中で学びました。
「分かってほしい」を、そのままぶつけない
若い頃の私は、感情が先に立つことがよくありました。
寂しい時には「寂しい」と言う前に、少し拗ねてしまったり。
不安な時には、本当の気持ちを隠したまま、相手の反応を試すようなことをしてしまったり。
けれど、そういうぶつけ方をしても、関係が良い方向へ進むことはほとんどありませんでした。
むしろ、お互いに余計な傷を増やしてしまうだけだったように思います。
彼との関係は、普通の恋愛以上に「感情の扱い方」が大切でした。
言いたいことを全部その場でぶつけてしまえば、簡単に壊れてしまう危うさがある。
だからこそ私は、少し時間を置いてから気持ちを言葉にすることを覚えました。
すぐに答えを求めないこと。
相手の都合や事情も、一度自分の中で受け止めてみること。
そして何より、自分の感情に飲み込まれないこと。
それは我慢というより、“大人の恋愛”に必要な静かな技術だったのかもしれません。
微調整を重ねることでしか、保てない距離がある
私たちの関係は、派手なドラマで続いてきたわけではありません。
どちらかが強く引っ張るでもなく、どちらかが完全に主導権を握るでもなく、ほんの少しずつ距離を調整しながら続いてきました。
近づきすぎると苦しくなる。
離れすぎると不安になる。
そのちょうど真ん中を探しながら、何度も何度も“心の位置”を合わせてきたのです。
恋愛は、勢いだけでは続きません。
特に長く続く関係ほど、必要なのは熱量よりも、微調整の力なのだと思います。
15年続いた理由は、特別な出来事ではなく「小さな継続」だった
15年という時間を言葉にすると、とても長く感じます。
けれど振り返ってみると、その年月は、大きな感動や劇的な出来事の連続でできていたわけではありませんでした。
むしろ逆で、驚くほど静かな日常の積み重ねだったように思います。
毎日のLINEが、心を繋ぎ止めてくれた
私が彼に対して今も感謝していることがあります。
それは、この15年以上の月日の中で、彼が一度も連絡を絶やさなかったことです。
自由に会えるわけではない私たちにとって、日々の小さなやり取りは、ただの連絡手段ではありませんでした。
「おはよう」
「おつかれさま」
「今日は忙しかったね」
そんな何気ない一言があるだけで、心の中に溜まりかけていた不安や不満が、ふっとやわらぐことがありました。
特別な言葉じゃなくていい。
長文じゃなくてもいい。
ただ、“ちゃんと今日も繋がっている”と感じられることが、私たちには何より大切だったのです。
恋愛は、ときめきだけで続くものではないのだと、私はこの関係の中で知りました。
安心感は、派手な愛情表現よりも、こうした小さな継続の中に宿るものなのだと思います。
長く続く関係ほど、見えない部分で支えられている
こうして振り返ると、15年という月日は、やはり短いものではなかったのだと思います。
けれど、長く続いた理由をひとつだけ挙げるなら、たぶんそれは“無理をしすぎなかったこと”でした。
無理に理想の恋愛に見せようとしなかったこと。
無理に相手を変えようとしなかったこと。
そして、自分自身まで失ってしまうほど、ひとつの関係に飲み込まれなかったこと。
もちろん、きれいごとだけではありませんでした。
苦しかったことも、寂しかったことも、何度もありました。
それでも続いてきたのは、お互いが完璧だったからではなく、完璧ではないままでも繋がろうとしてきたからなのだと思います。
「一人の女性」である自分を、私は手放したくなかった
こうした特殊な関係を長く続けていると、ふとした瞬間に思うことがあります。
私はもう、“普通の恋愛”には戻れないのかもしれない――と。
けれど、そう感じる一方で、私の中にはずっと変わらず残っている想いもあります。
それは、どんな立場であっても、「一人の女性としての自分」を諦めたくないということでした。
妻であっても。
母であっても。
年齢を重ねても。
たとえ誰かのために生きる時間が増えたとしても。
その奥にある“私自身”まで、置き去りにしたくはありませんでした。
誰かに愛されるためだけではなく、自分が自分を好きでいられるように。
ちゃんと鏡の前に立って、自分を整え、労わり、大切にできる人でいたい。
それは、恋愛のためだけではなく、生き方そのものに関わることのように思います。
忙しさに追われるお母さんも。
自分らしい生き方を模索している人も。
誰にも言えない孤独や違和感を抱えながら生きている人も。
みんな、それぞれの人生の中で、自分自身の「性」や「在り方」を、もっとやさしく慈しんでいいのだと思うのです。
この世に生を受けた限り、自分を磨き、見つめ直し、育てていく時間は、決して贅沢ではありません。
現実は厳しく、いつも心豊かでいられるわけではないけれど。
それでも私は、今日より明日、少しでも美しい心でいられるように、自分を整えていきたいのです。
Rino’s Choice|心をゆるめる、小さな癒しの時間
誰かとの関係に揺れる時ほど、自分の心を置き去りにしないことが大切なのだと思います。
相手の言葉や態度に心が振り回されそうな夜。
気持ちを整理したいのに、うまく言葉にならない日。
そんな時に私が大切にしたいのは、「自分を少しだけ落ち着かせる時間」を持つことです。
ここでは、そんな時間にそっと寄り添ってくれそうなものを、やわらかく置いておきます。
やさしい時間をつくる、ピクニックセット
気持ちが少し疲れてしまった時は、無理に答えを出そうとしないで、外の空気に触れるだけでも心が軽くなることがあります。
お気に入りのお茶や、ちょっとしたお菓子を持って、公園や自然の中で深呼吸する時間。
そんな何気ないひとときが、張りつめた心をほどいてくれることもあります。
自分を整えるためのお茶時間セット
誰かのことでいっぱいになってしまう時こそ、自分のためだけの時間を少しでも持てたら、それだけで救われることがあります。
お気に入りのカップで温かいお茶を飲むだけでも、気持ちはほんの少し落ち着いていくものです。
忙しい毎日の中でも、自分に戻るための小さな習慣として取り入れたくなるアイテムです。
夜の気持ちをやわらげる、リラックスアイテム
考えすぎてしまう夜ほど、心と体の力を抜くことが大切です。
香りや肌ざわり、温かさに助けられることは意外と多くて、そういう“感覚のやさしさ”に救われる日もあります。
眠る前の時間を少しだけやわらかくしてくれるものがあると、明日の自分に少し優しくなれる気がします。
もうひとつの未来を、そっと見つめてみたくなったら
15年という時間は、私にたくさんのことを教えてくれました。
誰かを想うことの深さ。
関係を続けることの難しさ。
そして、自分を保ちながら愛することの大切さ。
けれど同時に、長い時間を重ねたからこそ、ふと心のどこかで「別の未来」を想像する瞬間が訪れることもあります。
もし、心から安心できる人と、正々堂々と歩いていける人生があったなら。
もし、自分が磨いてきた時間の先に、もっと穏やかで美しいご縁が待っているのだとしたら。
そんな可能性を、今の自分を否定せずに、そっと見つめてみることも悪くないのかもしれません。
大人の出会いを、丁寧に考えたい人へ
年齢や経験を重ねた今だからこそ、ただ出会うだけではなく、「どんな人と、どんな人生を歩みたいか」を大切にしたくなることがあります。
表面的な条件だけではなく、自分にふさわしいご縁を、落ち着いた場所で丁寧に考えてみたい。
そんな方にとって、こうした選択肢が心強く感じられることもあるかもしれません。
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今の自分を否定するのではなく、今の自分を大切にしながら、その先の未来にも目を向けてみる。
そんな視点を持てることも、大人の女性の強さのひとつだと私は思っています。
この関係が教えてくれたこと
15年続く関係が教えてくれたのは、相手を変えることではなく、自分をどう保つかということでした。
恋愛は、相手に満たしてもらうものだと思っていた時期もありました。
けれど本当は、自分の心を整え、自分の機嫌を自分で取れるようになって初めて、誰かとの関係も穏やかに育っていくのかもしれません。
誰のためでもなく、自分のために自分を磨くこと。
その積み重ねが、結果として長く続く絆の土台になっていく。
今の私は、そんなふうに感じています。
きっと恋愛に、ひとつの正解はありません。
けれど、自分を大切にしながら誰かを想うことは、どんな関係の中でも、きっと間違いではないのだと思います。
次回記事へ
長く続く関係の中には、安心だけではなく、どうしても避けられない感情もあります。
次回は、そんな私の中に何度も押し寄せた「嫉妬」について、もう少し正直に書いてみようと思います。
綺麗な感情ではないけれど、それでも確かに愛の中にあったもの。
15年という時間の中で、私が何を感じ、何を手放せなかったのか――。
▶︎ 次回記事:特別な関係【第5話】醜くて、愛おしい「嫉妬」の嵐。15年の月日が私に教えてくれたこと
※本記事は個人の体験・価値観に基づいて綴ったものです。人それぞれに大切にしたい関係の形や人生観があると思います。サービスのご利用や選択については、ご自身のライフスタイルや価値観に合わせてご検討ください。

