窓の外に広がる冬の空は、どこまでも静かでした。
その静けさの中で私は、これまでの15年という時間を、ひとつずつゆっくりと思い返していました。
楽しかったこと。
苦しかったこと。
何度もすれ違いながら、それでも切れずに続いてきた関係。
そして今、私は人生の大きな節目の前に立っていました。
15時間に及ぶ大手術。
怖くないはずがありませんでした。
けれど、それでも私は手術台に向かうしかなかった。
生きたいと思ったから。
まだ終わりたくないと思ったから。
あの時の私は、病気と向き合うこと以上に、
「失うこと」に怯えていたのかもしれません。
命のこと。
身体のこと。
これからの人生のこと。
そして――彼との関係のこと。
今ようやく、あの頃の気持ちを言葉にできる気がしています。
梵天丸を見送ったあと、心のどこかが崩れていた
大きな出来事が起きる前ほど、日常は不思議なくらい普通の顔をして流れていくものなのかもしれません。
あの頃も、表面上はいつもと変わらない毎日でした。
けれど私の中では、確実に何かが壊れていました。
愛犬、ゴールデンレトリバーの梵天丸が虹の橋を渡ったこと。
それが、あまりにも大きかったのです。
まだ4歳。
あまりにも早すぎる別れでした。
あの子がいない家の中は、音が違いました。
空気まで変わってしまったようで、何をしていても心の奥にぽっかりと穴が空いたままでした。
どこを見ても、思い出してしまう。
どんな時間も、思い出に繋がってしまう。
そんなふうに、私は少しずつ、自分でも気づかないまま崩れていったのだと思います。
彼は、そんな私を見ていた人のひとりでした。
梵天丸を迎えた頃から、ずっと私のそばで見てきた人。
だからこそ、私の異変にもきっと気づいていたのだと思います。
優しくしてくれていた。
気にかけてもくれていた。
でも同時に、彼は誰よりも厳しかった。
「あなたは犬を飼う資格がない」その言葉が刺さった理由
彼に言われた言葉があります。
「あなたは犬を飼う資格がない」
あの時の私は、その言葉を受け止められませんでした。
悲しみの中にいて、病気への不安もあって、手術も目前に迫っていて――
心が限界に近かった私には、その言葉があまりにも冷たく感じられたのです。
正直、腹も立ちました。
私がどれだけ梵天丸を愛していたか。
どれだけ一緒に生きてきたか。
どれだけ毎日を積み重ねてきたか。
彼に、その全部がわかるのだろうかと思いました。
でも――
時間が経って、少しだけ冷静になった時、あの言葉の奥にあったものが見えてきました。
命を預かるということは、かわいいだけでは済まされない。
どんな時でも、最後まで背負うということ。
そして私はあの時、
自分の病気と手術への恐怖で、その「覚悟」が少し揺らいでいたのかもしれません。
彼は、いつも感情より先に現実を見る人です。
優しく甘やかすよりも、厳しい言葉ででも立たせようとする人。
あの言葉は、私を傷つけるためではなく、
現実から目を逸らしそうになっていた私を、引き戻すための言葉だったのだと思います。
だからこそ、あんなにも刺さったのかもしれません。
離れていると、急に自分の存在が不安になる
彼と会っている時は、不思議と安心できることが多いのです。
特別なことをしなくてもいい。
何気ない会話や、ちょっとした優しさだけで、心が落ち着いていく。
そういう関係を、私たちは長い時間をかけて作ってきました。
でも――
離れると、途端に不安になることがありました。
連絡が少し空いただけで、心がざわつく。
何かあったのかな、嫌われたかな、面倒になったのかな――そんなふうに、勝手に不安を膨らませてしまう。
15年も続いてきた関係なのに、
私はいまだに彼という存在に揺さぶられていました。
きっとそれは、好きだからという単純な言葉だけでは片づけられないものです。
長く一緒にいたからこそ、
彼の存在が、自分の心の一部のようになってしまっていたのかもしれません。
そんな自分を、重いなと思うこともあります。
情けないなと思うこともあります。
でもあの頃の私は、確かにそうやって揺れていました。
手術前夜、たった一言の「大丈夫」にすがった
いよいよ入院の日が近づいてきた頃、私はもう、心の中で何度も崩れそうになっていました。
手術は長時間。
胸部再建という大きな手術。
身体への負担も、術後の痛みも、回復も、何もかもが未知でした。
本当に終わるのだろうか。
ちゃんと目が覚めるのだろうか。
そんなことまで考えてしまうくらい、怖かったです。
その時、彼から届いた言葉は、たった一言でした。
「大丈夫!」
本当に、それだけ。
長い励ましの文章でもなく、気の利いた言葉でもなく、たった一言。
でも、私はその一言に、どれだけ救われたかわかりません。
彼の言う「大丈夫」には、昔から不思議な力がありました。
根拠があるわけじゃない。
何か保証してくれるわけでもない。
それでも、「大丈夫」と言われると、
本当に少しだけ前を向ける。
その言葉をお守りのように握りしめて、私は手術室へ向かいました。
15時間の手術を越えて、私は生きて戻ってきた
気がつけば、15時間。
言葉にすると短いけれど、
その時間の重みは、きっと本人にしかわからないものがあると思います。
私はその長い時間を越えて、ちゃんと戻ってくることができました。
そしてありがたいことに、術後の回復も想像以上に順調でした。
先生や周囲が驚くほどのスピードで回復し、
結果として最短で退院できるところまで辿り着くことができたのです。
もちろん、身体は痛い。
思うように動けない。
傷もある。
それでも私は、「生きて帰ってこられた」という事実に、静かに胸を打たれていました。
あの時、怖くてたまらなかった私が、ちゃんとここにいる。
それだけで、本当は十分すごいことだったのだと思います。
退院が決まったのに、心は少しも晴れなかった
本来なら、退院が決まるというのは、もっと晴れやかなことのはずでした。
でも、私の心は思ったほど軽くなりませんでした。
むしろ、そこからまた別の不安が始まったのです。
彼に退院のことを伝えた時、
その返事が、ほんの少しだけ遠く感じてしまいました。
彼は何も悪くないのに。
きっと、いつも通りだったのに。
でも私は、その“少し”に敏感になっていました。
なぜなら、その頃の私はもう、
「今までの自分ではない」と強く感じていたからです。
傷跡を前にした時、私は「女としての自信」を失っていた
手術を終えた私の身体には、大きな傷が残りました。
お腹と胸。
鏡を見るたびに、その現実を突きつけられる。
再建手術をしたとはいえ、以前の自分とは違う。
見た目だけではなく、気持ちまで変わってしまいそうなほどの変化でした。
そして私は、少しずつ「女としての自信」を失っていきました。
今まで通りでいられるのだろうか。
彼は変わらずにいてくれるのだろうか。
こんな身体の私を、今までと同じように見てくれるのだろうか。
そんなことばかり考えてしまっていました。
他に、もっと普通の身体をした人がいたら。
傷のない、何も失っていない人がいたら。
そちらのほうがいいに決まっているのではないか――
そんな卑屈な考えまで浮かんでしまう自分が、本当に嫌でした。
15年以上も一緒にいて、
楽しい時も苦しい時も、それなりにいろいろ乗り越えてきたはずなのに。
たった一つの大きな出来事で、
私はこんなにも自分を見失ってしまうのかと思いました。
でも、きっとそういうものなのだと思います。
身体の変化は、想像している以上に、心の深いところを揺らしてしまうものだから。
Rino’s Choice|術後の心と体をやさしく支えてくれたもの
手術や退院の前後は、心も体も思っている以上に消耗します。
「大丈夫」と思っていても、ふとした瞬間に気持ちが沈んだり、身体の置き場に困ったり、ひとりの時間がやけに長く感じたりすることもありました。
そんな時に、ほんの少しだけ気持ちを和らげてくれたものがあります。
ここでは、あの頃の私にとって“あると少し救われたもの”を、やさしく残しておこうと思います。
ほっと一息つける、コーヒーとお菓子のセット
気持ちが張りつめている時ほど、
「少し座って、ひと息つく」ということが難しくなります。
でも、温かい飲み物と、やさしい甘さのお菓子があるだけで、
張りつめていた心がほんの少しゆるむ瞬間があります。
何かを解決してくれるわけではないけれど、
「今日をなんとか越えるための、小さな休憩」みたいな存在でした。
術後の不安や、先の見えない気持ちの中では、こういう静かな時間が思った以上に大切だった気がします。
傷まわりの姿勢を少し楽にしてくれるクッション
術後は、ほんの少し身体の向きを変えるだけでもつらいことがあります。
座る姿勢、寝る姿勢、腕の置き方――
当たり前にできていたことが、急に難しくなる。
そんな時、体をやさしく支えてくれるクッションがあるだけで、かなり違いました。
「痛みをゼロにする」わけではないけれど、
少しでも負担を減らしてくれるものがあるだけで、心まで楽になることがあります。
退院後の暮らしを少し穏やかに整えたい時に、こういうものは本当にありがたい存在でした。
不安な夜をやわらげてくれたブランケット
夜になると、昼間よりも不安が大きくなることがあります。
考えなくていいことまで考えてしまったり、
傷の痛みや違和感に意識が向いてしまったり。
そんな時、ふわっと体を包んでくれるブランケットのぬくもりに、ずいぶん助けられました。
「大丈夫」と誰かに言ってもらう代わりにはならなくても、
少しだけ安心できるものがそばにあることは、それだけで救いになります。
心細さが強くなる時期ほど、こういう“ぬくもりのあるもの”は想像以上に大切だと感じました。
心が追いつかない時は、専門家に頼るという選択もある
病気のこと。
パートナーとのこと。
自分の身体のこと。
こういう悩みは、身近な人ほど話しにくいことがあります。
心配をかけたくない。
重いと思われたくない。
うまく言葉にできない。
そうやって抱え込んでしまうと、心は静かに疲れていきます。
だからこそ、
「話せる場所を持つ」というのは、とても大切なことだと思います。
もし今、私と同じように、
身体の変化や心の揺れに戸惑っている方がいるなら――
専門家に頼ることは、決して弱さではなく、自分を守るためのやさしい選択肢のひとつです。
ひとりで抱え込みすぎる前に|オンライン心理カウンセリング【Kimochi】
病院の先生には話しづらいこと。
家族や友人には言えないこと。
パートナーにもそのままはぶつけられない気持ち。
そういう繊細な悩みを、安心して話せる場所があるだけで、心が少し整うことがあります。
オンラインで相談できるサービスなら、退院後の自宅からでも利用しやすく、
「今の気持ち」を無理なく言葉にしやすいのも大きな魅力です。
今すぐ何かを変えなくても、
まずは「話せる場所を持つ」というだけでも、ずいぶん違うと思います。
これから始まるのは、「元に戻る」人生ではなく、新しい人生
私はたぶん、もう以前とまったく同じ自分には戻れません。
身体も変わった。
考え方も変わった。
見える景色も、少し変わった気がします。
でも、それはきっと「失った」だけではないのだと思います。
傷を負ったからこそ見えるものもある。
壊れそうになったからこそ、わかる温度もある。
彼との関係も、これからまた新しい形で続いていくのかもしれません。
前と同じではいられなくても、
それでも一緒に歩いていけるなら、それでいい。
そしてこれからは、竺丸との新しい日々も始まっていきます。
病気と向き合いながら。
不安を抱えながら。
それでも、生きていく。
あの15時間を越えた私は、きっともう前より少しだけ強いはずです。
次回へ|大きな体温が教えてくれた「生きて帰る」という意味
退院して、ようやく帰り着いた我が家。
玄関の扉を開けた瞬間、
私を待っていたのは、2歳のバーニーズマウンテンドッグ・竺丸の全力の歓迎でした。
「ただいま」
その大きな体を抱きしめた時、
私はようやく、自分が本当に生きて帰ってこられたのだと実感しました。
でも、そこから始まる日常は、想像していたよりずっと簡単ではありませんでした。
リハビリ。
痛み。
大型犬との暮らし。
そして、彼との関係に訪れた静かな変化。
▶︎ 次回【第10話】〜再会の鼓動。大きな体温が教えてくれた「生きて帰る」という意味〜
“帰ってこられたこと”の本当の意味を、少しずつ知っていく日々を書きたいと思います。
おわりに
この記事は、私自身の体験をもとに綴っています。
病気との向き合い方も、心の揺れ方も、人それぞれ違います。
だからこそ、これはあくまで「私のひとつの記録」です。
もし今、同じように不安の中にいる方がいたら、
どうか自分の気持ちを置き去りにしないでください。
強くいられない日があってもいい。
揺れる日があってもいい。
それでも、生きているだけで、ちゃんとすごいことだから。

