大型犬との日々【第11話】大学病院で告げられた余命数日。愛犬の最期の答えと、私が受け取った強さ

愛犬との日々

かかりつけの先生から「がんかもしれない」と告げられたあの日、私は一度、自分の中で静かに覚悟を決めていました。

このまま家で、できるだけ穏やかに過ごさせてあげよう。
最期まで、住み慣れた場所で見守っていこう。

そう思っていたはずでした。

けれど、先生に背中を押されて、私はもう一度だけ“希望”に手を伸ばすことにしました。

まだ少しでも動けるうちに。
今なら、何か間に合うかもしれない。

そう信じて選んだのが、大学病院での精密検査でした。

けれどその日、私たちを待っていたのは、想像よりもずっと厳しく、そして残酷な現実でした。

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大学病院の前日、急に崩れた愛犬の容態

幸運なことに、大学病院の予約は奇跡のように取れていました。

それは、私自身の入院前、ぎりぎり間に合うタイミングでした。
だからこそ私は、指折り数えるような気持ちでその日を待っていました。

当時のゴルは、まだなんとか自分の足でトイレに行くことができていて、食欲もほんの少しだけ残っていました。

もちろん元気とは言えません。
それでも私は、その小さな“まだ大丈夫かもしれない”を、必死に信じようとしていたのだと思います。

でも、その希望は、大学病院へ向かう前日に大きく揺らぎました。

食べられなくなった夜、眠ることすらできなかった姿

あんなに好きだった食べ物を、急に一切受けつけなくなったのです。

大好きなおやつも、いつもなら喜ぶものも、何ひとつ口にしようとしない。
それだけで、胸の奥がすっと冷えていくようでした。

そして夜になると、呼吸はさらに苦しそうになりました。

横になって眠ることもできず、座り込んだまま、荒く浅い呼吸を繰り返すばかり。
部屋の中には、今まで聞いたこともないような、高く太い嗚咽のような音が響いていました。

その音を聞いているだけで、胸が押しつぶされそうでした。

苦しいはずなのに、ゴルは私のそばから離れようとしませんでした。

むしろ、少しでも体を寄せるようにしてきて。
そのぬくもりが、余計に不安を大きくしていったのを覚えています。

「大丈夫だよ」と撫でながら、私の心の中では、もう“大丈夫じゃない”という現実が静かに広がっていました。

もう諦めるべきか、それでも連れて行くべきか

そして迎えた、大学病院の当日。

朝になっても、ゴルの状態は明らかに悪化していました。

寝不足と衰弱で、立ち上がることすら難しい。
目の前にいるのに、昨日までの姿とはもう違って見えました。

せっかく取れた予約。
でも、ここまで悪くなっているのなら、もう移動させること自体が負担なのではないか。

「今日、連れて行くことは、本当にこの子のためになるのだろうか」

その迷いが、何度も何度も胸をよぎりました。

本当は、もう家で休ませてあげたほうがよかったのかもしれません。
あの子は、おうちにいたかったのかもしれない。

そう思わなかったわけではありません。

でも、それでも私は諦めきれませんでした。

もし、このまま何もせずに見送ることになったら。
「本当は何が起きていたのか」も、「少しでも楽にしてあげる方法があったのか」も、何もわからないまま終わってしまう。

その後悔だけは、どうしても残したくなかったのです。

雪道を越えてたどり着いた、最後の希望

家族の力を借りて、私はゴルを抱え、車に乗せました。

まだ外は暗い早朝。
大学病院までは、車で2時間以上かかる距離でした。

しかもその日は冬。
道には雪が残り、思った以上に時間がかかりました。

ナビに表示された予定時間は、とうに過ぎていました。
気づけば、3時間以上の道のりになっていました。

それでも不思議なことに、その日だけは空が晴れていたんです。

ずっと悪天候が続いていたのに、その日だけは、まるで何かに許されたように空が明るかった。

あの光景は、今でも忘れられません。

道中、私は何度も何度も後ろを振り返りました。

少しでも呼吸が苦しそうになっていないか。
少しでも様子が変わっていないか。

ただ、それだけを見続けながら、ようやく大学病院へたどり着きました。

でも、到着した時のゴルには、もう自力で歩く力は残っていませんでした。

担架で運ばれていくその姿を見た瞬間、胸の奥で何かが静かに崩れた気がしました。

大学病院で告げられた「あと数日」という現実

予約制だったこともあり、診察は比較的すぐに始まりました。

でも、そこで医師から告げられた言葉は、私の予想をはるかに超えて、厳しいものでした。

「よく、ここまで連れて来られましたね。非常に深刻な状態です」

そのひと言で、私はすべてを察しました。

正式な診断名は、悪性リンパ腫でした

正式な診断は、悪性リンパ腫。

しかも、すでに全身に転移していて、手の施しようがない状態でした。

さらに、肺のまわりには胸水もたまっていて、それが呼吸を苦しくさせていたのです。

「最悪、あと2〜3日。
もって、あと5日でしょう」

そう告げられた時、頭の中が一瞬、真っ白になりました。

あと数日。

その言葉はあまりにも短くて、あまりにも残酷で、すぐには現実として受け止めきれませんでした。

ここまで頑張って来たのに。
まだ若いのに。
どうしてこの子が、こんな苦しみを背負わなければならないのか。

いろんな感情が押し寄せてきて、ただ座っていることしかできませんでした。

でも、その一方で、心のどこかでは思っていたんです。

――やっぱり、ここへ来てよかった。と。

つらい現実だったとしても、ようやく“何が起きているのか”を知ることができた。
その事実だけは、確かに私の中に残りました。

帰るための処置。それでも、来てよかったと思えた理由

病院では、少しでもゴルを楽にするために、胸水を抜き、点滴の処置をしてもらいました。

その時、医師から言われた言葉が今でも忘れられません。

「これは、無事にご自宅に帰れるようにするための処置です」

つまり、それほどまでに状態は危うかったということでした。

“治すため”ではなく、“家に帰るため”。

その言葉の重さに、胸が締めつけられました。

私は、命の灯火がここまで小さくなっていたことを、その時あらためて思い知らされたのです。

それでもゴルは、長距離移動にも、検査にも、処置にも、最後まで耐えてくれました。

本当はしんどくてたまらなかったはずです。
本当は、おうちで静かにしていたかったかもしれない。

それでも、あの子は私の選択に、黙って付き合ってくれました。

その姿を思い出すたびに、今でも胸がいっぱいになります。

でも私は、大学病院へ行ったことを後悔していません。

なぜなら、処置を終えたゴルは、ほんの少しだけ呼吸が楽になったからです。

あんなに苦しそうだった呼吸が、少しずつ静かになっていった。
そして家に帰ったあと、ゴルは私の横で、穏やかな寝息を立てて眠ってくれました。

その寝息を聞いた時、私は心の奥でようやく少しだけ息ができた気がしました。

「この子を連れて来てよかった」

その答えをくれたのは、医師の言葉ではなく、ゴル自身だったのだと思います。

Rino’s Choice|最期の時間を少しでも穏やかにするために

こういう時間の中では、何を選んでも「これでよかったのかな」と迷いがついてきます。

でも、少しでも体を楽にしてあげられるもの、少しでも安心できる環境を整えるものがあると、飼い主の心もほんの少しだけ支えられることがあります。

ここでは、闘病や介護の時間の中で、やさしく寄り添ってくれるものを自然な形で残しておきます。

大型犬用ベッド|苦しそうな体を少しでもやわらかく支えるために

弱っている時の体は、想像以上に繊細です。

少しの段差や硬さでも負担になることがあって、寝返りが打ちにくいだけでしんどさが増してしまうこともあります。

そんな時、大型犬用のしっかりしたベッドがあると、体をやさしく支えやすくなります。

ふかふかすぎず、でも硬すぎない。
そういう“ちょうどよさ”が、こういう時期にはとても大切なんだと感じました。

寝ている時間が増えるからこそ、居場所の心地よさは本当に大事だと思います。

ペットシート|急な粗相や体調変化に、気持ちの余白をくれるもの

体調が崩れると、いつも通りに排泄ができなくなることがあります。

そんな時、ペットシートを広めに敷いておくだけでも、こちらの気持ちはかなり違いました。

「もしもの時にどうしよう」という不安が少し減るだけで、看病の空気も変わるんですよね。

汚れてしまうことを責めるのではなく、ただ静かに受け止めてあげられる準備をしておく。
それもまた、やさしいケアのひとつだったように思います。

吸収力の高いペットマット|夜間や長時間の見守りにも安心感を

夜は特に、不安が大きくなりやすい時間です。

少し目を離した間に汚れてしまっていたり、呼吸の様子が変わっていたり。
そんな小さな変化に、何度も心が揺れます。

吸収力の高いペットマットがあると、夜間の見守りでも少しだけ安心感が持てました。

すぐに取り替えられるように何枚か用意しておくだけでも、気持ちが全然違います。

看病の時間は、体力だけでなく心も削られていくからこそ、“少し楽になる工夫”は決して小さなことではないと思っています。

誰にも言えない気持ちを、少しだけ外に出せる場所【PR】

「あと数日」と言われたあと、気持ちが強くいられる時間ばかりではありませんでした。

最善を尽くしたはずなのに、ふとした瞬間に「もっと何かできたんじゃないか」と自分を責めてしまう。
誰にも言えない不安や、押しつぶされそうな孤独が、夜になると一気に押し寄せてくることもありました。

しかもその頃の私は、愛犬のことだけではなく、自分自身の入院も控えていました。

いろんな不安が重なりすぎて、心の置き場所がわからなくなることもあったんです。

そんな時に、「誰かに話してもいい場所」があることは、思っている以上に救いになることがあります。

公認心理師にオンラインで相談できる【Kimochi】

誰かに話したいけれど、身近な人にはうまく言えない。
そんな時に、国家資格を持つ専門家へオンラインで相談できるサービスは、ひとつのやさしい選択肢になるかもしれません。

無理に元気にならなくてもいい。
「つらい」「苦しい」「不安でたまらない」そのままの気持ちを言葉にしていい場所があるだけで、少しだけ呼吸がしやすくなることもあります。

大切な存在を見送る時間は、想像以上に心を削ります。
だからこそ、自分の心にも、少しだけやさしくしてあげてほしいと思います。

愛犬は、最後の時間まで私を強くしてくれた

来月から始まる、私自身の入院。

その時、私はゴルの最期を看取ることができるのか。
今の時点では、まだ何もわかりませんでした。

未来を思うと、不安しかありませんでした。

でも、先のことを嘆いてばかりいても、この子と一緒にいられる“今”は、容赦なく過ぎていきます。

だから私は、その日から先のことを考えすぎるのをやめて、ただ目の前の時間を大切にすることにしました。

苦しそうだった呼吸が少し落ち着いて、私の横で静かに眠るゴルを見ながら、何度も思ったんです。

この子は、最後の最後まで、私を強くしてくれている。と。

本当は、守ってあげる側のはずなのに。
支えているつもりでいたのに。

気づけば私は、何度もこの子に心を支えられていました。

言葉はなくても、ちゃんと伝わるものがある。
愛犬との時間は、そのことを何度も教えてくれます。

この記事のまとめ

大学病院で突きつけられたのは、あまりにも短い「あと数日」という余命でした。

それは苦しくて、残酷で、受け止めるにはあまりに重たい現実でした。

それでも私は、あの日大学病院へ行ったことを後悔していません。

なぜなら、ゴルの静かな寝息が、私に答えをくれたからです。

あの子が少しでも楽になって眠れたこと。
それだけで、あの日の選択には意味があったと思えました。

苦しい現実の中でも、愛犬は最後まで私に“強さ”をくれました。

そして次回は、自宅で始まった酸素療法のこと。
消えゆく命のそばで、私たち家族がどんな時間を過ごしたのかを綴ろうと思います。

次回へ|自宅で始まった酸素療法と、最後の時間

大学病院から帰宅したあと、私たちの暮らしは大きく変わっていきました。

家の中に持ち込まれた酸素、夜通し続く見守り、そして、言葉にできないほど愛おしい時間。

消えそうな命を抱きしめながら、私たち家族がどんな思いでその日々を過ごしたのか。
続きは、次の記事に綴っています。

▶ 次回の記事はこちら
大型犬との日々【第12話】自宅での酸素療法。消えゆく命を抱きしめて、私たちが交わした魂の約束

この記事について

この記事は、当時の出来事や感情をもとに綴った個人の体験談です。

ペットの病気や治療、介護方法には個体差があり、最適な判断はその子の状態によって大きく異なります。
体調や治療については、必ず信頼できる獣医師さんにご相談ください。

もし今、大切な家族の命と向き合っている方がいたら。
この記録が、ほんの少しでもあなたの心に寄り添えたらうれしいです。

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