※本記事はプロモーションを含みます。
テレビのドキュメンタリーで見るような出来事が、まさか自分の身に起こるなんて――。
今だからこそ、ようやく少し落ち着いて、あの日のことを言葉にできる気がしています。
これは、3人目の子どもを妊娠していた頃に起きた、忘れられない出来事の記録です。
突然の出血、前置胎盤という診断、母として迫られた決断、そして救急搬送。軽率だった自分を責め続けた時間と、命を守りたいと願い続けた夜を綴ります。
妊娠中に出血がある方へ
妊娠中の出血は原因や緊急度がさまざまです。少量でも、まずかかりつけの産婦人科へ連絡してください。出血量が多い、意識が遠のく、強い痛みがあるなど緊急性を感じる場合は、自分で運転せず救急要請を含めて指示を受けてください。
上の子2人が安産だったからこその油断
上の子2人は、ありがたいことに安産でした。だからどこかで、私は油断していたのだと思います。
「少しくらい無理をしても平気」
そんな根拠のない自信がありました。あの日のことを思い出すたび、今でも胸の奥が苦しくなります。
ただし、重いものを持ったことが前置胎盤の原因だったと、この記事で断定することはできません。それでも当時の私は、起きた出来事と自分の行動を結びつけ、長い間、自分を責め続けました。
20キロの米袋。その直後に感じた「熱い違和感」
妊娠5ヶ月。お腹の赤ちゃんは順調に育っていました。つわりも落ち着き、少しずつ体が楽になってきた頃でした。
その日、実家で20キロの米袋をもらいました。仕事柄、重いものを持つことに慣れていた私は、「これくらいなら大丈夫」と持ち上げてしまいました。
その直後、足元に温かいような、嫌な違和感が走りました。
足元を見た瞬間、私は凍りつきました。血が太ももを伝って流れ、一筋の赤い線が床へ落ちていきました。
頭の中で、その言葉だけが回っていました。
震える手で子どもたちを預け、病院へ向かいました。ハンドルを握る手が震え、呼吸もうまくできず、ただ怖かったことを覚えています。
今振り返れば、出血している状態で自分で運転することには大きな危険がありました。そのときの私は、とにかく「赤ちゃんが無事でいてほしい」という願いだけで動いていました。
診断は前置胎盤|受け止めきれなかった説明
病院で診察を受け、私は前置胎盤と診断されました。さらに、胎盤の一部が剥がれかけていると説明を受けました。
「このまま妊娠を続けることは危険な状態」と聞き、目の前が真っ白になりました。
そして当時の私は、赤ちゃんに障害が残る可能性や、妊娠を継続するかどうかについて、今晩中に決めるよう求められたと記憶しています。
あまりにも突然で、頭も心も追いつきません。涙だけがあふれ、息が苦しくなりました。
あの日の私は、壊れそうな心を抱えたまま、現実の中へ取り残されたようでした。
「産みたい」はエゴなのか|命の前で揺れた気持ち
正直に言うと、私の中に妊娠を諦めるという選択肢はありませんでした。
お腹の中で、この子は今も生きている。小さな命が懸命にそこにいる。その命を諦めることは、私にはどうしてもできませんでした。
一方で夫は、上の子たちの生活や家族全体の将来を考え、妊娠の継続には慎重でした。それも現実を見据えた考えだったのだと思います。
もし赤ちゃんに重い障害が残ったら。今後の生活が大きく変わったら。上の子たちにも負担をかけるかもしれない。
だからこそ苦しかったのです。
「この子の命を望むことで、家族を苦しめるのだろうか」
母として、妻として、家族にとって何がよいのか。どれだけ考えても、簡単に答えが出る問いではありませんでした。
それでも、私の心は一つの方向を向いていました。
「お願いだから、この子を助けたい」――それが、あのときの私の本音でした。
再び襲った大量出血。そして救急搬送
答えを出せないまま、泣いて、考え、苦しんでいたとき、再び出血しました。
病室の空気が一気に変わり、周囲が慌ただしくなりました。看護師さんたちの声、急いで動く足音、医療機器の音。
そこから先の記憶は、ほとんど残っていません。気づけば私は救急車で運ばれていました。
ぼんやりした意識の中で誰かの声が聞こえ、何かが急速に進んでいく感覚だけがありました。
次に目を覚ましたとき、私は知らない病院のベッドにいました。白い天井、知らない空気、知らない音。
そのとき初めて、自分が大変なところまで来てしまったのだと、静かに現実が押し寄せてきました。
けれど私はまだ、ここから先に長い絶対安静の日々が待っていることを知りませんでした。
後悔してもしきれないあの日。でも今だから思うこと
今振り返っても、20キロの米袋を持った日のことを思い出さずにはいられません。
「どうして、あんなことをしてしまったのだろう」
何度も自分を責めました。母親として取り返しのつかないことをしたのではないか。その後悔は、簡単に消えませんでした。
でも今、あの子が元気に笑っている姿を見るたびに思います。
あのときの私に必要だったのは、責める言葉ではなく、「今できることを一つずつやろう」という声だった。
妊娠中も出産後も、子どもの健康と向き合う時間は喜びだけではありません。不安になり、怖くなり、自分を責める日もあります。
だからこそ、少し安心できるもの、少し心を休められる時間、そして相談できる場所が大切だと感じています。
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妊娠中は、うれしさだけで過ごせる日ばかりではありません。体の変化に戸惑い、赤ちゃんのことが心配になり、不安が押し寄せることもあります。
ここでは、健診の準備や自分をいたわる時間、毎日の栄養を考えるきっかけになるものを紹介します。商品は妊娠経過の安全や病気の予防を保証するものではありません。
※商品の価格・在庫・成分・仕様は変更される場合があります。妊娠中にサプリメントや化粧品を使用する際は、最新情報を確認し、必要に応じて医師や薬剤師へご相談ください。
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まとめ|あのときの私へ伝えたいこと
- 妊娠5ヶ月頃、突然の出血で前置胎盤と診断された
- 妊娠を継続するかについて、厳しい決断を迫られたと記憶している
- 再び大量出血し、高次医療機関へ救急搬送された
- 重いものを持った自分を長い間責め続けた
- 今は、当時の自分にも優しい言葉をかけたいと思っている
あの日の私は、ただ怖くて、苦しくて、自分を責めることしかできませんでした。でも、あの瞬間から、私とこの子の長い闘いは始まっていたのだと思います。
もし今、妊娠中の不安や子どもの健康への心配を一人で抱えている方がいたら、どうか自分を責めすぎないでください。
そのときのあなたは、きっと必死に命を守ろうとしているはずです。
次回記事へ
次回は、絶対安静の病室で見えてきた小さな希望と、上の子たちの笑顔を支えに祈り続けた日々について綴ります。
※本記事は個人の体験と当時の記憶をもとに綴っています。医療的な助言ではなく、同じ診断でも経過や必要な対応は異なります。妊娠中に出血した場合は、量の多少にかかわらず、かかりつけの産婦人科へ連絡してください。大量出血、強い腹痛、意識が遠のくなど緊急性を感じる場合は、自分で運転せず救急要請を含めて指示を受けてください。サプリメントは栄養補助食品で、疾患の治療や予防を目的とするものではありません。




