特別な関係【第5話】嫉妬に揺れた15年|醜くて愛おしい感情の先に見えたもの

大人のパートナーシップ

彼と過ごす時間を重ねるうちに、出会った頃のあの軽やかさは、少しずつ別の形へと変わっていきました。

笑っていられる時間の奥で、私の心には、これまで味わったことのない感情が静かに、でも確かに育っていたのです。

それはきっと、恋をしたからこそ生まれてしまった、どうしようもなく人間らしい感情でした。

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軽くいたかったはずなのに、心だけが置いていかれた

最初の頃の私は、彼のことを「特別な人」だと感じながらも、どこかで自分に予防線を張っていました。

彼には家庭があり、そして私だけではない世界があることも知っていたからです。

だから私は、最初から本気になりすぎないようにしていました。

「その中の一人に紛れていればいい」
「深く入り込みすぎなければ、傷つかずに済む」

そんなふうに、自分に言い聞かせながら。

本当は、ただ怖かったのだと思います。

正面から好きになってしまったら、きっと苦しくなる。
欲しくなってしまったら、きっと足りなくなる。

だから私は、最初から“少し冷めたふり”をして、自分の心を守ろうとしていました。

でも、感情というものは、頭で決めた通りには動いてくれません。

関係が続けば続くほど、私は少しずつ、思っていた以上に彼を大切に思うようになっていました。

醜くて、苦しくて、それでも確かだった「嫉妬」

「紛れていればいい」
そう思っていたはずなのに、気づけば私は、彼の周りにいる他の女性の存在に強く心を乱されるようになっていました。

自分でも驚くほど、感情が揺れるようになったのです。

何気ない一言に傷ついて、
ほんの少しの違和感に不安になって、
見えない相手にまで心をかき乱される。

嫉妬なんて、もっと遠い感情だと思っていました。

自分には関係のないものだと、どこかで思っていたのかもしれません。

けれど実際にその感情を抱えてみると、それは想像以上に激しく、苦しく、そして醜いものでした。

冷静でいられない自分。
小さなことで彼を責めてしまう自分。
本当はそんなふうになりたくないのに、止められない自分。

あの頃の私は、自分自身に一番疲れていた気がします。

嫉妬は、愛の裏返しだったのかもしれない

「嫉妬する自分なんて嫌だ」
「こんな感情、持ちたくなかった」

何度もそう思いました。

でも今なら、あの感情をただ否定することはできません。

なぜなら、あれほど苦しかった嫉妬は、それだけ私が彼を求めていた証でもあったからです。

本当はどうでもよくなかった。
本当は、失いたくなかった。
本当は、私の中で彼がとても大きな存在になっていた。

嫉妬は決して美しいものではありません。

けれど、あの痛みがあったからこそ、私はようやく自分の本音に気づくことができました。

「私はこんなにも、この人を大切に思っていたんだ」

それを認めるまでに、ずいぶん時間がかかりました。

荒れた私を、彼はいつも元の場所へ戻してくれた

嫉妬に飲まれた私は、ときに感情的になり、彼にぶつかってしまうこともありました。

今思い返しても、きっと面倒だったと思います。

素直になれず、拗ねて、怒って、勝手に傷ついて。
自分でも扱いづらい感情を、彼にぶつけてしまっていました。

それでも彼は、そんな私を真正面から否定することはありませんでした。

上手に受け流しながら、
ときには宥めながら、
いつの間にかまた、元の穏やかな空気へ戻してくれたのです。

もちろん、それは彼が“女性の扱いに慣れていたから”なのかもしれません。

でも、それだけでは片づけられないものが、そこにはありました。

私がどれだけ感情を乱しても、彼からの連絡が完全に途絶えることはありませんでした。

怒っても、拗ねても、泣いても。
時間が経てば、またいつものように連絡が来る。

その繰り返しが、どれほど私を救っていたか分かりません。

15年、変わらずにあるものの重み

15年。

文字にすると短く見えるけれど、その中にはいくつもの季節があり、いくつもの感情があり、いくつもの人生の山と谷がありました。

若かった頃の不安も、
子育てに追われていた日々も、
自分を見失いそうになった時間も、
私はずっとその年月を生きてきました。

その間、彼はずっと、完全には消えない人でした。

近くにいるわけでもない。
普通の形でそばにいるわけでもない。

それでも、私の人生のどこかに、いつも存在していた人。

その“変わらずにあること”が、少しずつ私の中で信頼に変わっていったのだと思います。

完璧な誠実さではなかったかもしれません。
世間一般の“正しさ”とは違うかもしれません。

でも、私にとっては確かに、心のどこかを支えてくれていた存在でした。

シングルマザーとして生きる私を、見失わずにいられた理由

私は、シングルマザーとして必死に生きてきました。

毎日を回すことだけで精一杯だった時期もありました。
子どものこと、お金のこと、将来のこと。
立ち止まる余裕なんてなくて、ただ前を向くしかなかった日もたくさんありました。

正直に言えば、あの頃の私は、決して立派な人間ではなかったと思います。

不器用で、未熟で、余裕もなくて。
母としても、女性としても、自分のことを責めてしまう瞬間が何度もありました。

「母親なのに恋愛なんて」
「子どもを育てるだけで精一杯のくせに」

そんなふうに、自分を責めたことも一度や二度ではありません。

でも、そんなふうに必死に生きる毎日の中で、彼という存在があったから、私は完全には壊れずにいられたのだと思います。

彼がすべてを救ってくれたわけではありません。

それでも、張りつめた毎日の中で、ふっと心をゆるめられる場所があるということは、それだけで大きな支えでした。

子どもたちに伝えたい「ごめんね」と「ありがとう」

子どもたちが小さかった頃は、きっとたくさん我慢もさせてしまったと思います。

私が未熟だったぶん、余計な寂しさや不安を抱えさせてしまったことも、きっとあったはずです。

だから今、子どもたちが大人になっていく姿を見ながら思うのです。

「ごめんね」
そして、
「ありがとう」

あの頃の私は、完璧な母親にはなれませんでした。

でも、それでも一緒に歩いてきてくれたこと。
未熟な私を、家族として受け止めながら大きくなってくれたこと。

そのすべてに、今は感謝の気持ちがあります。

そして同時に、彼にもまた、感謝の気持ちがあるのです。

私が私を嫌いになりそうな時期にも、
私が人生に疲れてしまいそうな時期にも、
完全に一人ぼっちではないと思わせてくれたこと。

それは、言葉以上に大きな支えでした。

Rino’s Choice|心が荒れた夜に、そっと助けられたもの

感情が大きく揺れる時期は、心だけでなく、暮らしそのものまで乱れてしまいやすいものです。

何かを根本から解決してくれるわけではなくても、
「今日は少しだけ自分を守ろう」
そう思えるものがあるだけで、夜を越えやすくなることもありました。

ここでは、そんな時間にそっと寄り添ってくれるようなものを、やさしくご紹介します。

やわらかなルームウェア

気持ちが荒れている日は、思っている以上に体もこわばっています。

そんな時、肌ざわりのいいルームウェアに着替えるだけで、少しだけ呼吸が深くなることがあります。

誰かのためではなく、自分をやさしく包むための一枚。
それだけで、心の張りつめ方がほんの少し変わる夜もありました。

部屋の空気を変えてくれるやわらかな照明

気持ちが不安定な夜ほど、部屋の明るさに救われることがあります。

強すぎる光ではなく、少し落ち着いたやわらかな灯りに変えるだけで、心のざわつきが少し静かになることもありました。

「何も変わっていないのに、少しだけ楽になる」
そんな小さな感覚を、私は何度も照明に助けられてきました。

自分を整え直すための、心地いい布団や寝具

眠れない夜や、考えすぎてしまう夜が続くと、心の回復力はどんどん削られていきます。

だからこそ、「ちゃんと眠れる環境」を整えることは、思っている以上に大切でした。

ふわっと体を受け止めてくれる布団や寝具は、気持ちを立て直したい時の小さな味方になってくれます。

誰にも言えない恋を、一人で抱え込まないために

複雑な関係の中にいると、感情の置き場所が分からなくなることがあります。

好きなのに苦しい。
苦しいのに、手放せない。
そんな自分を、さらに責めてしまうこともあるかもしれません。

でも、本当にしんどい時は、一人で抱え込みすぎないことも大切です。

友人にも家族にも話しづらいことほど、誰にも見せられないまま、心の奥に溜まっていきやすいからです。

そんな時、第三者に言葉を受け止めてもらうことは、思っている以上に大きな救いになることがあります。

感情を整理したい時の、ひとつの選択肢

「誰にも相談できない恋」
「嫉妬で自分を見失ってしまう苦しさ」

そんな複雑な気持ちを、自分の中だけで抱え続けるのは本当に苦しいことです。

国家資格を持つカウンセラーのような専門家に、否定されずに気持ちを受け止めてもらえる場があるだけでも、心は少しずつ整っていくことがあります。

答えを急がなくてもいい。
まずは、自分の気持ちをちゃんと見つめることから始めてもいいのだと思います。

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15年かけて、私は「執着」よりも「感謝」を知った

昔の私は、彼の行動ひとつひとつに心を揺らしていました。

誰と会っているのか。
誰に優しくしているのか。
私の知らないところで、どんな時間を過ごしているのか。

そんなことばかりが気になって、心を消耗させていた時期が確かにありました。

でも、5年、10年、そして15年と月日が流れる中で、少しずつ私の中の見え方は変わっていきました。

彼の女性関係が“気にならなくなった”というより、
それ以上に、彼が私にくれた時間や言葉や安心のほうが、大きな意味を持つようになったのです。

あんなに苦しかった嫉妬も、今振り返れば、必要な時間だったのかもしれません。

執着していたからこそ、
求めていたからこそ、
傷ついたからこそ、

私はようやく、「手に入れること」ではなく「支えられていたこと」の尊さに気づけたのだと思います。

愛の形は、きっと一つではありません。

人から見れば理解されにくい関係だったとしても、その中に確かに育まれたものがあるなら、それもまた、ひとつの真実なのだと思います。

まとめ|醜い感情の先に、やっと見えたもの

嫉妬に苦しんだ日々は、決してきれいな思い出ではありません。

できることなら、あんなふうに心を乱したくなかった。
もっと穏やかで、もっと余裕のある自分でいたかった。

それでも、あの苦しさを通ってきたからこそ、今の私は少しだけ違う景色を見られるようになりました。

人を深く想うことの痛みも、
誰かに支えられることのありがたさも、
そして、自分を少しずつ許していくことの大切さも。

過去の自分を責め続けるのではなく、
「あの時の私は、あの時なりに一生懸命だった」
そう思えるようになるまでに、私には15年という時間が必要でした。

醜くて、苦しくて、どうしようもなかった感情の先に、ようやく見えてきたもの。

それはきっと、
「それでも人を愛した自分」を否定しなくていい、ということだったのかもしれません。

次回の記事へ

関係が続くほど、愛しさだけでは済まされない現実も増えていきます。

すれ違い、期待、我慢。
そして、言葉にできない小さな傷。

次回は、クリスマスという特別な時間の中で、さらに浮き彫りになっていった“私たちの温度差”について綴ります。

▶︎ 次回記事:
特別な関係【第6話】クリスマス、深まる溝。病を抱える私と、自由すぎる彼の「正解」

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※本記事は個人の体験をもとに綴ったものであり、特定の価値観・関係性・サービスを推奨するものではありません。
※心身の不調や強い不安が続く場合は、無理をせず、医療機関や専門機関へご相談ください。

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