乳がんの手術を翌日に控えた夜。
本来なら、不安や緊張で心がいっぱいになっていてもおかしくない時間でした。
けれど、その日の私の胸を強く占めていたのは、これから始まる手術そのものよりも、少し前に最愛の愛犬を見送ったばかりだという現実でした。
大切な存在を失った悲しみは、そんなに簡単に整理できるものではありません。
しかも、心が追いつかないまま、自分自身もまた大きな手術に向かわなければならない。
あの夜は静かで、けれど胸の奥では、言葉にならない感情がいくつも重なっていました。
それでも私は、ただ悲しみに沈んでいたわけではありませんでした。
あの子が最期に私へ残してくれたもの。言葉にはならないけれど、確かに受け取った想い。そのぬくもりのようなものが、私の中で少しずつ「覚悟」に変わっていったのです。
今日は、乳がん手術前夜のこと、そして愛犬が遺してくれた「生きるための決意」について綴りたいと思います。
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手術前夜なのに、気持ちは別の場所にあった
手術前夜と聞くと、多くの人は「怖かったでしょう」「眠れなかったでしょう」と思うかもしれません。
もちろん、不安がなかったわけではありません。
自分の身体がどうなるのか。手術は無事に終わるのか。術後の痛みはどれほどなのか。考え始めれば、怖くなる要素はいくらでもありました。
でも、その夜の私は、いわゆる手術の恐怖だけに支配されていたわけではありませんでした。
心の中に大きく居座っていたのは、やはりゴルのことでした。
最愛のゴールデンレトリバーを、わずか4歳と3日で見送ったばかり。あまりにも早すぎる別れに、心はまだ現実を受け止めきれていませんでした。
病院のベッドに横になっていても、ふとした瞬間に思い浮かぶのは、病気のことよりも、あの子の顔でした。
いつものように見つめてくる優しい目。何も言わなくても伝わる気配。そばにいてくれるだけで、心がほどけていくような存在感。
もう触れられないことが信じられなくて、でも確かにもう会えないこともわかっていて、その現実が胸の奥で何度も静かに痛みました。
手術前夜なのに、気持ちはずっと、失ったもののほうへ引っ張られていたのです。
入院を見届けるように旅立った愛犬
今振り返っても不思議に思うのは、ゴルがまるで私の入院を見届けるように旅立っていったことです。
偶然と言えばそれまでなのかもしれません。でも、あまりにも出来すぎていて、私は今でも「あの子なりに、何かを伝えようとしてくれたのではないか」と思ってしまいます。
自分自身も苦しいはずなのに、最期まで私を不安にさせまいとするような、そんなやさしさがあの子にはありました。
あの子は、最期の瞬間まで、生きようとしていました。
苦しみの中でも、小さな身体で必死に命をつないでいた。その姿を見ていたからこそ、私は簡単に弱音を吐くことができませんでした。
もちろん、強くあらねばと思い詰めていたわけではありません。
ただ、あの子が懸命に生きたことを思うと、自分もまた、ちゃんと向き合わなければいけないと思えたのです。
「ママ、ちゃんと頑張って」
そんな言葉を本当に聞いたわけではありません。でも、あの子の旅立ちは、私にたしかにそう語りかけてくるようでした。
悲しみの中で見つかった、静かな覚悟
大きな悲しみの中にいると、人は何も考えられなくなることがあります。
涙が出るとか、取り乱すとか、そういうわかりやすい反応だけではなくて、感情そのものが静かに沈んでいくような感覚になることもあります。
あの夜の私は、まさにそんな感じでした。
悲しい。つらい。寂しい。怖い。そういう言葉はたしかにあるのに、どれひとつだけでは表せないような、深くて重いものが胸の中にありました。
でも、その一方で、妙に澄んだ気持ちもありました。
逃げられない現実を前にすると、人はある瞬間から、怖さだけではなく「受け止める」方向に心が動いていくのかもしれません。
手術は怖い。でも受けるしかない。
悲しい。でも生きていかなければならない。
そのシンプルで残酷な現実の中で、私は少しずつ、自分の中に覚悟のようなものが形になっていくのを感じていました。
それは力強く燃えるような決意ではありませんでした。
もっと静かで、もっと深いところに沈むような覚悟です。
「私は生きる」
「ちゃんと手術を受けて、戻ってくる」
「この先も、自分の人生をあきらめない」
そう思えたのは、ゴルが最後まで命をあきらめなかったからでした。
手術を前にして、初めてはっきり思えたこと
病気がわかってから、気持ちは何度も揺れてきました。
検査のたびに不安になり、結果を待つたびに心が縮こまり、治療の選択を考えるたびに迷いもありました。
前を向かなきゃと思う日もあれば、何も考えたくない日もありました。
けれど、手術前夜になって、ようやく自分の中で一本の線が通ったような感覚がありました。
それは、「もうここまで来たから頑張るしかない」という投げやりなものではありません。
もっと静かに、「私はちゃんと生きたい」と思えたことです。
身体を失うかもしれないという怖さ。元の自分ではいられないかもしれない不安。術後の生活への心配。そういったものは、もちろんありました。
でも、それ以上に、生きてこれからの時間をつないでいきたいと思いました。
ゴルが生きたかったはずの時間も、私がこれからしっかり受け取って歩いていかなければいけない。そんな気持ちが、胸の奥にまっすぐ残っていました。
Rino’s Choice|手術前後の時間に寄り添ってくれた、やさしい準備
大きな手術や入院を前にすると、気持ちが追いつかないまま当日を迎えてしまうことがあります。
そんなとき、ほんの少しでも「自分を助けてくれるもの」を準備しておくと、身体だけでなく心の負担もやわらぎます。
ここでは、入院前後の時間を少しでも穏やかに過ごすために、私自身が「こういうものがあると助かる」と感じたものを、やさしくご紹介します。
やわらかく包んでくれるタオルケット
病院のベッドの上で過ごす時間は、思っている以上に心細いものです。
室温は一定でも、手術前後の身体はいつもと違っていて、妙に寒く感じたり、逆に落ち着かなかったりすることがあります。そんなとき、やわらかいタオルケットが一枚あるだけで、気持ちがふっと緩む瞬間がありました。
大げさなものではなくても、「自分にとって心地いい肌ざわり」がそばにあることは、つらい時間の中で小さな救いになります。
軽くて扱いやすいものなら、ベッドまわりでも使いやすく、冷え対策としても気持ちの安心材料としても頼れる存在です。入院準備の段階で用意しておくと、想像以上に何度も助けられると思います。
前開きで着替えやすいパジャマ
手術後は、想像以上に腕や上半身を自由に動かしにくくなることがあります。
いつもの部屋着なら大丈夫だと思っていても、実際には「服を着る」という当たり前のことが、思った以上に負担になる場面も少なくありません。
その点、前開きのパジャマは、着替えの負担をかなり軽くしてくれます。
頭からかぶる必要がないだけで身体への負担がぐっと減り、診察や処置の際にも対応しやすいのが大きな安心でした。できれば、生地がやわらかく、締めつけが少なく、長時間着ていても疲れにくいものがおすすめです。
見た目以上に「着やすさ」が大切になる時期だからこそ、こういう一枚があると、毎日の小さなつらさを少し減らしてくれます。
そっと肩に掛けられるブランケット
入院中は、足元だけでなく、肩まわりや腕まわりが少し冷えるだけでも落ち着かなくなることがあります。
そんなとき、さっと掛けたり、肩に羽織ったりできるブランケットがあると、とても便利でした。
タオルケットよりも気軽に使いやすく、少し休みたいときや、ベッドの上で身体を起こしている時間にも使いやすいのが魅力です。
特に、気持ちが不安定になりやすい時期は、「何かに包まれている感覚」が思っている以上に安心につながります。防寒という役割だけでなく、心を落ち着かせるための存在としても、やわらかなブランケットはそっと寄り添ってくれました。
退院後も自宅で使いやすいので、入院中だけで終わらず、その後の回復時間にも自然につながってくれるアイテムです。
ひとりで抱え込みすぎないための選択肢
手術を前にした時間は、身体のことだけでなく、心にも大きな負担がかかります。
病気のこと、家族のこと、これからのこと。そして、言葉にならない不安や悲しみ。
特に、大切な存在との別れが重なっているときは、感情の整理が追いつかなくなることもあります。
「もっとしっかりしなきゃ」
「こんなことで弱っていられない」
そうやって自分を奮い立たせることも必要かもしれません。でも、本当に苦しいときは、誰かに頼ることも同じくらい大切だと思います。
オンライン心理カウンセリング【Kimochi】
誰にも言えない気持ちを、ただ静かに聞いてほしい。
そんなときに、匿名・顔出しなしで相談できるオンラインのカウンセリングサービスは、ひとつのやさしい支えになります。
国家資格を持つ公認心理師に相談できるので、ペットロスや闘病の不安、身近な人にはうまく話せない気持ちも、落ち着いて言葉にしやすいのが安心です。
無理に前向きにならなくても大丈夫。まだ整理できていない感情を、そのままの形で受け止めてもらえる場所があるだけで、心の負担が少し軽くなることがあります。
「誰かに話すほどでもない」と思っているような気持ちほど、実は自分の中で大きくなっていることもあります。そんなときに、静かに寄り添ってくれる場所があることは、想像以上に心強いものです。
もしもの時を考えた、保険の見直しという備え
病気を経験すると、気持ちだけではなく、現実的なお金のことにも目を向けざるを得なくなります。
入院や手術には、思っていた以上に細かな出費が重なりますし、治療が長引けば、その先の生活設計まで不安になることもあります。
そんなときに感じるのは、「元気なうちに備えておくことの大切さ」です。
もちろん、保険は何かあればすぐに加入すればいいというものではありませんし、その人の家族構成や働き方、今の保障内容によっても必要なものは変わります。
だからこそ、一度落ち着いて見直しや相談ができる窓口を知っておくことには意味があります。
今すぐ何かを決めるためではなくても、「こういう選択肢がある」と知っておくだけで、心の不安が少し和らぐこともあります。これからの暮らしを守るための備えとして、情報を持っておくことは決して無駄ではないと感じました。
あの子が遺してくれたものを、これからの人生に変えていく
愛犬との別れは、私の中に大きな穴を残しました。
その穴は、簡単に埋まるものではありません。時間が経てばすべてきれいに癒える、というものでもないのだと思います。
でも、失ったものの大きさに押しつぶされるだけではなく、そこから受け取ったものも、ちゃんと抱えて生きていきたいと思うようになりました。
ゴルは、やさしさだけでなく、強さも私に見せてくれました。
苦しさの中でも生きようとする姿。大切な人を想うようなまなざし。何も言わなくても、まっすぐ伝わるぬくもり。
あの子が遺してくれたものは、思い出だけではありません。
私がこれからを生きるための、静かな力でもありました。
手術前夜に生まれた覚悟は、きっと一晩限りの気持ちではありません。
これから先、つらい日や不安な日がまた来たとしても、あの夜に受け取った想いが、私を何度も支えてくれる気がしています。
まとめ|手術前夜、悲しみの中で見つけた私の決意
乳がんの手術を翌日に控えた夜。そこにあったのは、ただ手術への恐怖だけではありませんでした。
最愛の愛犬を亡くしたばかりの深い悲しみ。まだ整理しきれない喪失感。そして、自分自身も命と向き合わなければならないという現実。
そんな重なり合う感情の中で、私はひとつの覚悟にたどり着きました。
それは、「私は生きる」という、とても静かで、でも確かな決意です。
ゴルが最期まで命をあきらめなかったこと。入院を見届けるように旅立っていったこと。そのすべてが、私にとっては言葉のないバトンのように感じられました。
悲しみは消えなくても、その悲しみの中で、人は前を向く力を見つけることがあるのだと思います。
手術前夜の私は、ひとりで不安に沈んでいたわけではありませんでした。
見えなくても、たしかに受け取った想いが、私の心を支えてくれていたのです。
次回予告|15時間の死闘。ICUで感じた愛犬の気配と、涙の理由
次回、第16話では、いよいよ手術当日のこと、そして術後に過ごしたICUでの不思議な体験について綴ります。
長時間に及んだ手術のあと、朦朧とする意識の中で感じた、あの子のぬくもりのような気配。右目から、そして左目からこぼれた涙の意味を、今の自分なりに振り返ります。
もしよろしければ、その続きも読んでいただけたらうれしいです。
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この記事について
※本記事は、乳がん治療に関する個人の体験談です。症状や治療内容、感じ方には個人差があります。
※医療に関する判断や治療方針については、必ず主治医や医療機関にご相談ください。
※記事内でご紹介している商品・サービスは、当時の体験や感じたことに基づいて掲載しており、特定の治療やサービスを推奨するものではありません。

