特別な関係【第6話】クリスマス、深まる溝。病を抱える私と自由すぎる彼の正解

大人のパートナーシップ

※本記事はプロモーションを含みます。

久しぶりに、彼と大きな喧嘩をしました。

きっかけは、本当に些細なことだったと思います。

でも、些細なことほど、その人の本質や、ふたりの間にずっと横たわっていたものを、あっさり浮かび上がらせてしまうことがあります。

クリスマスが近づく街の空気は、どこも明るくて、あたたかくて、幸せそうで。

その光の中にいるはずなのに、私の心の中だけが、ひどく冷えていくような夜でした。

病院の駐車場で起きた、小さなトラブル

その日は病院に行った帰りでした。

診察を終え、車に戻って帰ろうとした時、まさかのトラブルが起きました。

バッテリーが上がってしまって、車が動かない。

これから彼と会う予定だった私は、一気に頭の中が真っ白になりました。

どうしよう。遅れる。待たせてしまう。迷惑をかける。

焦りながら、私はすぐ彼に連絡を入れました。

「病院の駐車場で車のバッテリーが上がってしまって、少し遅れそう」

そんなふうに、起きたことをそのまま伝えたのです。

私にとっては、ただ正直に報告しただけでした。

でも、その“正直さ”が、彼の逆鱗に触れてしまいました。

「賢い嘘」を求める彼と、嘘をつけない私

彼は、私の話を聞いてすぐにこう言いました。

「なんで、もっと賢くできないの?」

「“少し遅れる”だけでいいだろ」

「いちいち全部話して、相手を煩わせる必要ない」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がスッと冷えていくのを感じました。

彼にとってそれは、“相手を気遣うための処世術”だったのだと思います。

本当のことを全部言わないこと。

少し濁して、相手の負担を減らすこと。

彼の中では、それが“大人の正解”でした。

でも、私にはそれがうまくできません。

起きたことをそのまま伝えることが、私にとっては自然で、誠実で、当たり前のことだったからです。

もちろん、世の中には“全部言わなくていいこと”もあるのだと思います。

それでも私は、誰かと向き合う時に、自分の中にある事実をねじ曲げることがどうしても苦手です。

不器用で、要領が悪くて、きっと彼から見れば“面倒な女”。

そんな自分を、その時ほど強く突きつけられたことはありませんでした。

15年前の空気が、一気に戻ってきた夜

彼と出会ったのは、もう15年も前のことです。

長い時間の中で、少しずつ関係が変わって、少しずつ丸くなって、昔ほどぶつからなくなったと思っていました。

けれど、人と人との間にある“根っこ”の部分は、そう簡単には変わらないのかもしれません。

その夜、彼の口調も空気も、まるで出会った頃のようにピリついていて。

たった数分のやり取りの中で、昔感じていた緊張感が一気によみがえりました。

言葉そのもの以上に、その空気がつらかった。

私は昔から、怒鳴られることよりも、相手の声の温度が急に下がる瞬間が苦手です。

そこにある“拒絶”や“失望”を、必要以上に感じ取ってしまうから。

きっと彼はそこまで深い意味で言っていないのかもしれない。

でも、弱っている時ほど、人の言葉はまっすぐ心に刺さってしまいます。

投げつけられた言葉に、心が崩れていった

そして、その流れの中で、彼はこんな言葉を口にしました。

「今日はもう会えないから帰れ」

「代わりに別の女を呼ぶから」

「いないと思ってるんだろ?」

久しぶりに聞いた、強くて、乱暴で、わざと傷つけるための言葉。

昔の私なら、怒ったり、泣いたり、言い返したりしたかもしれません。

でも今の私は、そんな力さえ残っていませんでした。

ただ静かに、心の中の何かが音を立てて崩れていくのを感じていました。

人は、弱っている時ほど、自分を守るための言葉が出てこなくなるのだと思います。

悔しいとか、腹が立つとか、それ以前に。

ただただ「もう無理かもしれない」と思ってしまう。

そのくらい、その時の私は脆くなっていました。

今の私の中には、「がん」という現実がある

彼との喧嘩が、以前よりずっと深く刺さる理由。

それはきっと、今の私の中に、あまりにも大きな現実があるからです。

右胸にある、乳がん。

この言葉の重さは、診断された本人にしかわからないものがあると思います。

日常の中では普通に笑っていても、家事をしていても、買い物に行っていても、ふとした瞬間に現実へ引き戻される。

私は今、その現実を抱えたまま生きています。

そして2月には、全摘出と同時再建の手術を控えています。

手術のことを考えない日はありません。

見た目のこと、傷のこと、これからのこと。

女としての自分をどう受け止めていくのか。

考え始めると、心が追いつかなくなる日もあります。

「彼のために戻したい」と思ってしまう自分が苦しかった

本音を言えば、自分ひとりのためだけなら、もっとシンプルに考えられたかもしれません。

生きるための手術なんだから、それでいい。

そう割り切れたら、どれだけ楽だっただろうと思います。

でも実際の私は、そんなに綺麗には割り切れませんでした。

どこかでずっと思ってしまうのです。

「彼の前で、できるだけ元の自分に近い形でいたい」

「少しでも女として失わずにいたい」

そんなふうに願ってしまう自分がいました。

健気といえば健気なのかもしれない。

でも同時に、すごく情けなくも感じました。

本当は、自分の身体なのに。

自分の命の問題なのに。

それでも、誰かの目や、誰かの気持ちを、完全には切り離せない。

そんな自分に、強い劣等感を抱いてしまうことがあります。

病気になったことそのものだけじゃなく、病気になったことで浮き彫りになる“心の弱さ”のほうが、苦しい日もあるのです。

「だから何?」という彼の言葉が、冷たくて、少しだけ救いだった

乳がんのことも、手術のことも、私は彼に話しています。

勇気がいりました。

理解してほしいとか、優しくしてほしいとか、そういうことだけではなく。

これを伝えたことで、彼が離れていくかもしれないという怖さがあったからです。

でも彼の反応は、驚くほど淡々としていました。

「だから何?」

それは、人によってはとても冷たく聞こえる言葉だと思います。

私自身も、その冷たさに傷ついたことは何度もあります。

でも彼は昔から、“病気だから”“かわいそうだから”という空気を嫌う人でした。

弱さに寄り添うというより、そこに飲み込まれることを嫌う人。

だからこそ、その言葉には不思議な救いもありました。

彼は、病気を理由に私を扱いを変えなかった。

特別に優しくもしない代わりに、特別に遠ざけもしない。

その彼の考え方に、救われてきた部分も確かにあります。

でも――。

優しさが欲しいわけじゃない。

同情してほしいわけでもない。

ただ、病気をきっかけに“いらない存在”になることだけは、どうしても怖かったのです。

「もう捨ててほしい」と思う夜がある

こんな関係、苦しいだけなのに。

傷ついて、揺さぶられて、自分を見失いそうになって。

それでも離れられない。

そんな自分が、たまらなく嫌になる夜があります。

いっそ彼のほうから、もう終わりにしてくれたら楽なのに。

「もう無理だよ」と言ってくれたら、諦められるのに。

そう思うこともあります。

でも本当は、それもずるいのだと思います。

自分では別れを決められないから、相手に終わらせてほしいと願ってしまう。

その狡さを、自分でちゃんとわかっているからこそ、余計につらい。

人を好きでいることは、とても綺麗なことのようでいて、実際はもっと不格好で、執着も混ざっていて、情けなくて、みっともないものなのかもしれません。

でも、そういう部分まで含めて、それでも誰かを手放せないことがある。

私は今、その苦しさの真ん中に立っています。

喧嘩のあとも、彼の日常は止まらない

彼は、喧嘩のあとに感情を引きずる人ではありません。

ぶつかった翌日には、何事もなかったかのように普通に連絡をしてきたり、いつもの調子に戻ったりする。

それが彼の強さなのか、鈍さなのか、私には今でもよくわかりません。

でも私は、そんなふうに簡単には切り替えられません。

言われた言葉を何度も思い返して、ひとりで傷ついて、ひとりで考え込んでしまう。

それでも結局、彼のペースに飲み込まれて、また元の場所に戻されていく。

気づけば、いつもの関係に戻っている。

何も解決していないのに。

何も癒えていないのに。

それなのにまた、彼のいる日常に戻ってしまう。

この関係は、きっと健全ではないのだと思います。

それでも、私の中では簡単に切り捨てられないほど、深いところに根を張ってしまっているのです。

病を抱えながら、それでもしがみついてしまう理由

病気を抱えている今、本当ならもっと穏やかな場所にいたほうがいいのかもしれません。

心を乱されない関係の中で、静かに手術へ向かう準備をしたほうがいいのかもしれません。

でも現実は、そんなに単純ではありませんでした。

苦しいのに、離れられない。

傷つくのに、求めてしまう。

歪で、複雑で、説明のつかない関係。

でも、その中にしか今の私の居場所がないように感じてしまうことがあります。

それはきっと、恋愛だけの話ではなくて。

自分がどこにいて、誰といて、どう生きていくのかが揺らいでいる時ほど、人は“知っている場所”にしがみついてしまうのだと思います。

たとえそこが、優しい場所じゃなかったとしても。

たとえそこが、自分を削る場所だったとしても。

それでも離れられない夜がある。

そんな自分を、私はまだうまく許せずにいます。

Rino’s Choice|気持ちが揺らぐ夜に、少しだけ自分を取り戻すために

こういう夜は、心まで一緒に荒れてしまいやすくて、鏡を見るのもつらくなることがあります。

誰かのためではなく、自分のためにほんの少しだけ整える時間があると、気持ちが救われることもありました。

ここでは、そんな時にそっと寄り添ってくれるようなアイテムを、やさしく置いておきます。

やさしく整えたい日に。スキンケアセット

何もかもがしんどい日は、スキンケアさえ面倒に感じてしまうことがあります。

それでも、肌にやさしく触れる数分が、張りつめた気持ちを少しだけ緩めてくれることもあります。

“ちゃんとしなきゃ”ではなく、“今日はこれだけでいい”と思えるような、負担の少ないスキンケアは、心が揺れている時ほどありがたい存在です。

自分を責めたくなる時に。脱毛ケアセット

病気や見た目の変化に気持ちが引っ張られる時、自分の身体を“嫌いにならないこと”は、思っている以上に大切でした。

完璧を目指すためではなく、自分を少しだけ丁寧に扱うためのケアとして。

そんなふうに使えるアイテムがあると、気持ちが少しだけ前を向く日もあります。

「元の自分」に執着してしまう日に。美顔器

年齢や病気や疲れで、自分の顔が別人みたいに見えてしまう日があります。

そんな時、ほんの少し手をかける時間は、“元に戻す”ためというより、“今の自分を見捨てない”ための時間なのかもしれません。

頑張りすぎない範囲で、自分を労わる選択肢として置いておきます。

誰にも言えない苦しさを、一度だけ外に置いてみるという選択

パートナーとの埋まらない温度差。

病気への不安。

女としての自信を少しずつ失っていくような感覚。

こういうものは、ひとりで抱え続けるには、あまりにも重い時があります。

身近な人には話しづらいことほど、逆に、まったく別の場所で言葉にしたほうが楽になることもあります。

“大丈夫”のふりを続けるのが苦しい時は、自分の気持ちを整理するための場所を持つことも、ひとつの選択肢だと思います。

心が限界に近い時の、やさしい逃げ場として

国家資格を持つ心の専門家に話すことは、決して大げさなことではありません。

答えを出すためというより、今の自分の感情を否定せずに見つめるために。

言葉にしてみることで、張りつめていた心が少しだけゆるむことがあります。

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孤独な夜に、専門家という“第三者のやさしさ”があるだけで、救われることもあります。

乳がんという現実と向き合う、私の体験談はこちら

今回の記事の背景には、今の私の中にある「乳がん」という現実があります。

検査、診断、揺れる気持ち、手術への不安――。

もし同じような不安の中にいる方がいたら、ひとりじゃないと伝えたくて、別の記事にも綴っています。

▶︎ 乳がん体験談シリーズはこちら

まとめ|華やかな季節の裏で、静かに崩れていくものもある

クリスマスという、街がいちばん華やかになる季節。

その裏で私は、彼との関係と、自分自身の心の弱さと、病気という現実の間で、静かに揺れていました。

喧嘩をしたこと。

傷つく言葉をぶつけられたこと。

それでも離れられないこと。

どれも綺麗ではなくて、情けなくて、誰にも見せたくない部分かもしれません。

でも、人の心って本当はそういうものなのかもしれないと、最近少しだけ思います。

強くなれない日があってもいい。

綺麗に手放せない想いがあってもいい。

ただ、その苦しさの中に自分を置き去りにしないことだけは、忘れたくないと思っています。

あの夜の私は、確かに傷ついていました。

でもその痛みごと、ちゃんと今の私の一部なのだと思います。

次回の記事へ

傷つくたびに、少しずつ自分の輪郭がぼやけていく。

病気と向き合うだけでも精一杯なのに、恋愛の中でまで自分を見失いそうになる時があります。

次回は、失われていく自信と、深まる溝の中で、それでも彼に執着してしまう自分の苦しさについて綴ります。

▶︎ 特別な関係【第7話】失われていく自信と、深まる溝。病の淵で自分を見失いそうになる私


※本記事は個人の体験をもとに綴ったものです。
病気や治療に関する判断は、必ず医師・医療機関などの専門家にご相談ください。
また、心身の不調が強い場合は、無理をせず、信頼できる専門機関や相談先に頼ってください。

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